映画『佐藤さんと佐藤さん』は夫婦の物語であると同時に、名前とアイデンティティの映画でもある。主演の岸井ゆきのと天野千尋監督が、作品を通して自分のアイデンティティについて語り合った。(全2回の2回目/最初から読む

(左から)岸井ゆきのさん、天野千尋監督 ©石川啓次(文藝春秋)

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ただご飯を食べておしゃべりする時間が大事

──初めてタッグを組むおふたりは、どのように信頼関係を構築されたのでしょうか。

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天野千尋監督(以下、天野) 最初の日に岸井さんが「ご飯を食べに行きませんか」と誘ってくださって、タイ料理を食べに行ったんです。宮沢(氷魚)さんと岸井さんと3人で美味しいご飯を食べながら、最近気になっていることや趣味の話など、映画とは何の関係もないことをただ楽しくおしゃべりして、距離が縮まりました。

岸井ゆきのさん ©石川啓次(文藝春秋)

岸井ゆきのさん(以下、岸井) 私は、一緒にお仕事をする方の人となりを知ってからのほうがコミュニケーションが取りやすいので、まず「一緒にご飯を食べに行きましょう」とお誘いしました。

 氷魚さんと監督がすごく野球好きだということがわかり、私はまったく野球がわからないので、おふたりにいろいろ教えていただきました。

天野 岸井さんはその翌日、「タイで買ってきためちゃくちゃおいしいお茶がある」と、わざわざお茶をリハーサル中に淹れてくださいましたよね。映画や芝居に関する話は一切しませんでしたが、あの食事のおかげで、おふたりがどういう人なのかが自分なりに掴め、スムーズに現場に入れたと思います。

岸井 ただご飯を食べておしゃべりをするだけの時間が、私にとっては現場に入る前の大事な時間なんです。撮影に入る前のリハーサルもかなり時間をかけてやっていただきましたよね。

「大学生のシーン、どうしましょう?」

天野 サチとタモツがぶつかるシーンがいくつかあるので、そこは、特にこまめにリハーサルを繰り返しながら、セリフや動きを細かく3人で決めていきましたね。ケンカは相手との掛け合いが重要なので、何度もリハーサルを重ねたことでリアルさをより付加できたと思います。