大塚編集長もこの言葉の意義を認めたうえ、「その後の『ドメスティック・バイオレンス(DV)』(2001年・トップテン)も、『#MeToo』(2018年・トップテン)にしてもそうですが、そういう言葉が出てきたおかげで、それまで声を上げられなかった人たちが、自分も言ってもいいかなって思えるようになったのではないでしょうか。その意味で、小さな出版社がやっている賞ではありますが、言葉で救われる人がいるんじゃないかという思いもあって、続けているところはありますね」と話す。
グリコ・森永事件や地下鉄サリン事件の関連語は…
新語・流行語大賞の選考が社会的責任を意識して行われていることは、重大事件に関する言葉の扱いからもあきらかだ。
1984年の第1回からして、当時世間を騒がせていたグリコ・森永事件の関連語として、森永製菓の「千円パック」を流行語部門・特別賞に選んでいる。この事件では、江崎グリコと森永が自社の菓子に青酸ソーダを入れられて市中にばらまかれたのをはじめ、複数の食品会社が脅迫を受けた。「千円パック」は、森永がそれに対抗するため、菓子を完全包装して安全を保証し、割安で売り出したものだ。事件関連の言葉では、「かい人21面相」を名乗る犯人が送りつけた警察や企業などに対する挑発的な手紙が注目されがちだったが、この賞では被害者側から受賞語を選んだわけである。そこには発表時点ではまだ脅迫が続いていた最中とあって、エールを送るという意味合いもあっただろう。
犯罪事件に対してよりはっきりと断乎とした態度をとったのが、1995年の第12回である。この年、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、同教団の一連の犯罪が次々とあかるみに出た。そのなかで「尊師」「サティアン」「マインドコントロール」などオウムに関する言葉が人々の口にのぼり、賞の選考のため参考にしていた5000人を対象にした一般アンケートでも多数の票を集めた。
それだけに選考委員会でも、「オウム用語をとりあげて批判を加えるのも一つの方法では」といった意見が出たというが(『日本経済新聞』1995年11月11日付夕刊)、議論の末、最終的に「無視という形の最大の抗議」としてオウム関連語はすべて選考対象から外した。さらにその理由を、当時の審査委員長であった評論家の草柳大蔵氏が「委員長見解」として明文化し、授賞式で発表している。

