人類史において「貨幣」が登場してから歴史はまだ浅い。AI時代の私たちは今、マネーの役割や形が変わりつつある転換点を生きているのかも知れない。新著『エブリシング・ヒストリーと地政学』が話題のエコノミスト、エミン・ユルマズ氏と、起業家のけんすう(古川健介)氏が、お金をめぐる人類の過ちから“AI時代のコスト”まで縦横無尽に語り合った。

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エミン・ユルマズ氏(左)とけんすう氏(右) 撮影・細田忠(文藝春秋)

人類史のなかで「お金」は新しい概念

けんすう エミンさんとは今日が初対面なんですよね。早速ですが、ご著書の『エブリシング・ヒストリーと地政学』とても面白かったです。古代の歴史から現代の半導体戦争まで、すべてが「お金」という一本軸で大胆に読み解かれていて、びっくりしました。

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エミン ありがとうございます。この本は構想に1年近くかけて、編集者と何度もディスカッションして内容を作り込みました。単なる歴史の教科書ではなく、お金という人類最大の発明が「どう文明を繁栄させ、そして破壊してきたか」という点にフォーカスしています。

 地球上にホモ・サピエンスが登場したのは約20万年前ですが、世界初のコイン(金属貨幣)がリディアで発明されたのは紀元前600年頃です。つまり、貨幣経済の歴史はたかだか2600年に過ぎず、人類史のスケールで見ればごく最近の新しい概念なんですね。

けんすう 私たちにとって、お金がない時代の方が圧倒的に長いわけですね。

エミン そうです。だからお金というものは進化の途上だし、今後別のものに変容したりお金の概念そのものが消えていく可能性だってある。例えばSFの『スター・トレック』の世界にはお金が存在しないですよね。「レプリケーター」という生成装置が欲しいものを何でも作ってくれるから、交換の媒介が必要ない。

 今、AIが急速に進化していますが、このまま行けば私たちとお金の付き合い方も根本から変わるかもしれません。

AIが自動的に買い物もしてくれる世界

けんすう 最近の「AIエージェント」の進化はすごく面白いなと思っていて、いちいち人間の許可をとらずに、AIがお金を使ってモノを買うことを許容しようという流れがもうきています。AIがパソコンの中のデータを見て、不要なファイルを消すとか間違いを書き換えておくようなことも、「全部Yes」の設定にしておけば、自動的に作業を進めてくれて。同じことは買い物でも可能で、AIが自律的に購入・支払いをするようになると、人間はお金を使うことすら意識しなくなるかもしれませんね。

エミン そのうちAIが恋人へのメッセージなども勝手に書いて、愚痴も聞いてくれるようになるかも(笑)。

エミン・ユルマズ氏

 実は、シリコンバレーにいる友人のプログラマーが面白いことを言っていて、昨今のAIへの巨額の投資に対して「どうやってマネタイズして回収するんだ」と僕が聞いたら、彼はこう言った。

「これはお金の問題じゃないんだ。AI開発の企業は金銭的なリターンなんて求めていない。AGI(汎用人工知能)を手に入れられれば世の中を支配できるから投資するんだ」と。一部のビリオネアがすべてを牛耳ろうとしているのはちょっと怖いな、とも思いましたが。