エンジニアになる間際で、大きな成果が出たYouTube
――シェアハウスのメンバーはどうやって集まったんですか?
斉藤 西江が元々の自分の知り合いづたいで誘ってきたり、そのシェアハウスに住んでいた奴らが、また別の起業家を誘ってきたりとか。
――斉藤さんはTBS時代は仕事が忙しすぎて、なかなか人間関係や行動の範囲を広げる暇もない感じだったんでしょう?
斉藤 そうですね。テレビ局員って扱ってる業界は広いんですけど、所属しているコミュニティはかなり閉ざされた狭い空間なので、視野も狭くなりがち。そこが盲点というか、よく分かってなかったです。テレビ局は、例えば、IT業界みたいな環境とは違う、独自の文化や習慣が根付いてるんです。
――IT業界というと、パーティで名刺交換、みたいな華やかな交流のイメージがあります。
斉藤 テレビ局員がそういう風に由に動けるようになるタイミングって、プロデューサーとかディレクターになってからだから、そうなるまで6年、長いと10年くらいかかるわけです。僕は当時、まだ2年目だったので、この先の途方のなさみたいなのを感じていました。
――シェアハウス暮らしの流れで、TBSを辞めることになるんですか?
斉藤 厳密にいうと、シェアハウスの生活を始めて、起業家の友人ができたのが初めてだったので、彼らの話を聞いてその世界のことを知って「ベンチャーとかスタートアップっていう世界があるんだ」っていうのを意識したのが最初。その後に、西江と「一緒にYouTubeやろう」となって。西江は自分個人で大学の受験体験記についての動画配信をやっていたんだけど、その後、そのチャンネル名を現在のものに変えて、2人で一緒にやり始めました。
ただYouTubeで食っていけるって保証はないし、元々2人とも起業家を目指してエンジニアスクールに通った。今となってはって感じですけど「これからはSaaS(サース)の時代だ」とかいわれていて「自分で行動をかけてアプリケーションを開発できる起業家って強いよね」っていう認識でした。
僕はエンジニアスクールを卒業はしたんですけど。エンジニアとして転職する段になって、並行してやっていたYouTubeに、一度、本腰入れてガッツリ時間を割いてみたくなった。で、一旦、転職をストップして「3カ月間だけYouTubeにベットしてみよう」と。
――そうしたら、短期間で成果が出て。
斉藤 そうですね。「2人とも食べていけそうだ」という結果が出ました。

