「世界映画の理想的なカタチがここにある」(黒沢清)「第1作にしてこの完成度」(筒井武文)「今この路線、この世界線でなければ、二度と出会えないであろう傑作」(斎藤工)……2009年に撮影され、2010年に完成した一本の映画が、15年の時を経て日本のスクリーンで上映されている。リム・カーワイ監督の長編デビュー作『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』だ。アイデンティティの揺らぎや喪失感を、悪夢的な筆致で描き出したこの野心的な傑作はいかにして生まれたのか、監督にインタビューした。

リム・カーワイ監督(撮影:平松市聖)

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『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』©cinemadrifters

『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』あらすじ

第1部——10年ぶりに故郷に帰ってきたア・ジェ。しかし家族は彼のことを「知らない」と言う。事態が理解できないア・ジェに、食堂の主人ラオ・ファンだけが彼を覚えている、と言う。すべての事情を知ることが出来るとラオ・ファンに誘われた先で、ア・ジェは罠に落ちてしまう。第2部——場所と登場人物は同じでも、何かが違っている世界。ア・ジェはラオ・ファンの娘に貸し部屋を紹介してもらう。町では老人が次々に消えているという。ア・ジェはラオ・ファンを宝探しに誘い、そこで事件は起きる。

パラレルワールドで描かれるアイデンティティの恐怖

――オリジナルは15年ほど前の作品ですが、今観てもまったく古びていないことに驚きました。

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リム・カーワイ(以下、リム) 当時はよく「分かりにくい」と言われたんですが、今観た方が分かりやすいかもしれません。パラレルワールドとかマルチバースとか、そういう考え方が割とみんなに浸透してきて、ある世界に生きる人が別の世界では性格が変わったり、言動が変わったりするというのも、15年前に比べて受け入れやすくなっていますからね。

『アフター・オール・ディース・イヤーズ』©cinemadrifters

――この作品は第1部と第2部に分かれていて、パラレルワールド的なんですね。テイストもまったく違っていて、第1部はモノクロでスタンダードサイズ、ややホラーで不条理な世界。後半はカラーのワイドになって雰囲気がガラリと変わり、夢の中のようでありながら、よりエモーショナルな感じがします。そもそも、なぜこのような映画を作ろうと思われたのですか?

『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』©cinemadrifters