NHK「ばけばけ」では、小泉八雲がモデルのヘブン(トミー・バストウ)が怪談を熱心に聞き入るシーンが描かれている。史実の八雲は、なぜ怪談に魅了されたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などから読み解く――。

島根県隠岐郡海士町にある八雲広場(佐渡公園)。小泉八雲と妻セツの銅像。(写真=Asturio Cantabrio/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

「怪談を愛し、セツと結婚した理由」が詰まっていた

NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」第12週は、いよいよ怪談の話題に入ってきた。大雄寺を訪れたヘブン(トミー・バストウ)は、住職(伊武雅刀)から、大雄寺に伝わる怪談「水あめを買う女」を聞かされて思わず号泣。トキ(髙石あかり)は、自分も怪談好きであり、もっと聞かせたいという思いを抱くようになった……。

この号泣シーンには、「小泉八雲が怪談を愛したワケ」、そして「妻・セツとの結婚へと至った理由」が存分に詰まっていた。「水あめを買う女」は広く知られる怪談話のひとつ。お産間近で死んで葬られた母親が、土の中で生まれた子供のために幽霊となって飴を買いに来るという話である。

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だが、この話を単に「母への思慕」という情緒的な言葉でまとめてしまうと、八雲の内側で起きていた断絶の深さを見誤る。

八雲の父チャールズ・ブッシュ・ハーンは、軍医として赴任したギリシャ・レフカダ島で、現地のギリシャ人女性ローザ・カシマティと結婚している。

ここで重要なのは、これは単なる国際結婚ではなかったという点だ。

19世紀半ばのイギリス帝国と、オスマン支配の記憶を色濃く残すギリシャの正教世界。この二つのあいだには、現代の感覚で想像する以上に、深い溝があった。

「ギリシャ人の母」には過酷だったアイルランド生活

宗教が違う。死生観が違う。家族観が違う。そして「母」という存在の意味そのものが違う。

ここで注意したいのは、これを現代的な「多様性」という軽い感覚で捉えてはいけないということだ。今でこそ、ギリシャもイギリスも同じEU圏。飛行機なら数時間で移動できる「同じヨーロッパ」である。

しかし当時は違った。父はその母親を、故郷であるアイルランド・ダブリンへと連れて行った。しかも、妻と幼い子供を置いたまま、自分は次の赴任地へと去っていったのである。結果として、ローザは孤立し、精神を病み、故郷へ帰ることになる。