拝島駅の由来となった場所

 国道16号から少し南に入ったところに、かつての拝島宿があった。いまはバス通りになっている2車線道路が、日光脇往還だ。

 どことなくその時代の面影があるような、ないような。少なくとも“拝島”の原点がこの場所だったことは間違いない。南拝島駅こそが、拝島の玄関口だったのだ。

 

駅跡にモニュメントを発見

 国道に戻って東に進む。国道16号は途中で右に折れて多摩川を渡るが、五日市鉄道はまだまだまっすぐに。

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 新奥多摩街道という都道に変わっても国道と同じくらいに交通量は多い。そして程なく、五日市鉄道は大通りから外れて脇に逸れてゆく。

 

 その場所には鉄道のレールと車止めがオブジェの如く置かれている。五日市鉄道のモニュメントなのだろう。

 

 この場所には武蔵田中駅という駅があり、また多摩川河川敷に向かう支線も分かれていた。支線側も新奥多摩街道を挟んで道路になって残っているから、痕跡はわかりやすい。

次の駅跡にもオブジェが

 ここからは再び「五鉄通り」の名が復活し、住宅地の中を抜けてゆく。

 

 この先には大神駅があった。その場所にも小さなホームやレール、駅名標といったオブジェがあって、駅の跡であることがすぐにわかるようになっている。

 
 

 レールの上には鉄道車両の台車まで。といっても、大神駅が現役だった時代のものではなさそうだ。