恐怖のあまり加害者の言いなりに…
また恐怖とショックで固まってしまい、殺されるのではないかという恐怖から、加害者の言うままになったり抵抗できなくなったりする場合もある。辛い状況から少しでも早く逃れるため、加害者に迎合してしまう場合もある。こうしたことは、被害者が自分を守るために対処する時に起こる「5F反応」(闘争・逃走・凍結などの反応)の一部として学術的に確立されている。
被害直後も、被害者は性暴力被害を受けた辛い現実に直面するのを避け、心が崩壊するのを防ごうとする。このため「被害をなかったことにしたい」という「否認の防衛機制」が働き、すぐに被害申告ができない被害者は非常に多い。
警察や検察は犯行時間にこだわるが…
上記のような心理状態に置かれた被害者が、正常な時間感覚をキープできるかどうか、難しい場合は少なくない。前述した「周トラウマ期解離症状」の中には、時間感覚の変容もあるからだ。「起訴する時、犯行時間を何時何分まで明確にすることが望ましいため、警察や検察は頑張って特定しようとする悪癖がある」と田中氏は話す。
「しかし、目に見えない日時を覚えるのは、人間にとってそもそも難しい。五感を通じて体に刻み込まれる体験記憶とは大きく異なることが、記憶の研究で明らかになっている。人間には日時を正確に感知する感覚器官などない。だから日時の記憶が曖昧だからといって、体験の記憶も不正確だと見なすのは間違っているが、その違いを理解しない裁判官が少なくない」と田中氏は指摘する。
被害者は正確な時間なんて分からない
被害者が正確に日時を言わなかったことを理由に、無罪や不起訴になったケースはたくさんある、という。被害者の供述の中で時間の変遷があっても、それは合理的であり、また根幹部分に関わる事柄ではないということを、裁判所にきちんと論理立てて説明する努力が、捜査側には必要だというのが田中氏の考えだ。
犯人は自分ではないというアリバイを証明するためならともかく、そうでないなら、厳格に時間を特定することにどれだけ意味があるか、また「被害に遭ったのは何時何分だった」とすらすらと言える方がむしろ疑わしい場合がある、と話す。