元大阪高検の田中弁護士に聞いた
筆者は伊藤氏の映画とは別個に、性暴力問題を取材する過程で、元大阪高検検事で弁護士の田中嘉寿子氏ら司法関係者に、これまで検察や警察が性犯罪を捜査する際に十分でなかった点について話を聞いている。伊藤氏の映画には、そうした問題点を改めて示す内容が出てくるため、これに言及しつつ、田中氏の話を紹介したい。
田中氏は今年検事を退官するまで、長年性犯罪を手掛けてきた性犯罪捜査の第一人者だ。捜査上の問題の解説や事例紹介についての著書や論文もあり、性犯罪捜査で重要なことは何か、検察内部で講演する立場にいた。
ただしお断わりしておきたいが、この記事で紹介するのは、田中氏が一般論として性犯罪捜査の問題点をどのように考えているのかという話であり、伊藤氏の刑事裁判についての見解ではないということだ。
物証がなくても起訴し有罪にできる
田中氏が最初に指摘するのは、「物証がなくても、性犯罪として起訴して有罪にすることは可能だ」ということだ。しかし物証がないと容疑が立証できないと考え、事件に取り組もうとしない検察官は珍しくないのが現状だという。
「そうなるのは、供述の信用性というものを突き詰めて考えていないから。供述しかないところで、どうやって供述の信用性を高めて、裏付けて、有罪を獲得するかという観点で考えようという姿勢に欠けている」と田中氏は話す。
加害者のDNA、体液はマストではない
『Black Box Diaries』でも冒頭、伊藤氏の事件を担当する警察官が、「加害者のDNAや体液といった証拠がないから厳しい」と伊藤氏に告げるシーンがある。おそらくこうした判断は、これまで何度も性犯罪事件の捜査現場で繰り返されてきたのだろう。
元々性犯罪は密室で起き、かつ目撃者もいないことが多いため、捜査が難しい。一般的な傷害事件に比べると、暴行の跡も明確に残りにくい。同意の上だった、または同意があると思った、と加害者側が主張することも多い。防犯カメラの映像などの客観証拠がないと、捜査陣も及び腰になりがちだ。