『Black Box Diaries』が映す捜査実態

『Black Box Diaries』でも、伊藤氏が担当警察官に、時間の記憶があやふやであることを指摘されるシーンがある。伊藤氏が「午前5時半ごろホテルを出た」と話したのに対し、警察官は「午前5時50分だった」と即座に不一致であることを指摘する。わずか20分違っているだけで、信頼性が担保できない供述だ、と見なされることが暗示されている。

伊藤氏の民事裁判など複数の性犯罪裁判を取材してきたライターの小川たまか氏は、医師のカルテと伊藤氏の証言の間で犯行時間が一致していなかったことを指して、「致命的に伊藤さんに不利な証拠」と記事に書いている。実際、そうしたことで判決が左右されてきた事例が多かったのかもしれないが、それ自体、田中氏が示す被害者心理についての知見の蓄積を無視した結果だということはないだろうか。

被害者心理が考慮されず、無罪に…

「性犯罪においては、そうした一見理解しにくいことの合理性を立証する必要がある。それをしないと、簡単に無罪になったり不起訴になったりする」と田中氏は指摘する。

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田中氏は現在、他の女性弁護士らと共同で、性犯罪の刑事手続きの中で二次加害が起きていないか、性暴力被害を経験した人たちに聞くウェブ上のアンケート調査を行っている。反響が大きいため、締め切りは12月末まで延長している。

アンケート結果を踏まえて、田中氏が提起したいことの中に刑事訴訟法の改正がある。伊藤氏の映画を巡る議論とも無縁ではない内容なので、最後にこちらを紹介したい。

なぜ被告人の素行は問題にされないのか

あまり知られていないが、性犯罪を裁く上で、加害者と被害者が過去どんな性行動を取っていたかということの取り扱いは真逆になっていることが多い。一言で言えば、被害者の素行は問題にされるのに、被告人の素行は問題にされず、裁判での証拠から除外する傾向が、近年顕著になっている。