「人の話には必ず枝葉末節に当たるディテールが含まれ、そこにリアリティがあるかどうかを見定める必要がある」と田中氏は話す。こうしたディテールは、「体験した人でしか話せない詳細な事実」(体験性兆候)と言われるものだ。元々は冤罪防止のために提起された考え方で、自白の信用性を担保する役目もある。例えば、供述調書にそうしたディテールがなく、立件に必要なことしか含まれていない場合は、そのように捜査当局が誘導した疑いがないか、チェックする項目ともなっている。
こうした「体験性兆候」や、当事者しか知らない、いわゆる「秘密の暴露」があるかどうかが、性行為に至った経緯を見ていく上でのポイントの一つとなる。ただ、「事実をありのまま、記憶の濃淡に従って話す人は、自分に不利と思われそうなことも話すし、捜査官が重要視する事実も、忘れたと正直に言う」と田中氏は話す。リアリティと作為の差を見極め、自然か不自然か判断することが求められる。
被害者の心理が分かっていない
そのようにして供述の信用性を綿密に確認し、それを合理的に説明できるか、というのが捜査の基本的な枠組だ。しかしそれだけでは十分ではない。性犯罪事件が難しいのは、被害者心理の知識がないと、性暴行被害者の反応はきちんと理解できないことが多いためだ。田中氏は長い年月をかけて、自ら勉強を重ねて捜査に生かしてきたが、「被害者心理を知るために、精神医学や供述心理学などの勉強をきちんとしている検察官はとても少ないのが実情だ」と指摘する。
性暴行の被害を受け、死にたくなるような体験をして、そこから生き延びるために、被害者が自然に自分の心と体を切り離すというようなこともよく起きる。例えば、自分が天井に浮かび、暴行される自分自身を上から眺めるといった、臨死体験でよく言われるような感覚になったことを語る被害者は少なくないという (周トラウマ期解離症状)。