あるとき、タイトル戦の解説会に聞き手役の仕事で呼ばれた。終局後に旅館の広間で打ち上げが行われ、その席で酔った観戦記者が勢いに任せて言った。
「和ちゃんはタイトルなんて獲れない! 女流のトップになんてなれない! でも可愛いからそれでいいの」
女流棋士は客寄せパンダとも言われた時代だった。それでも彼女たちの誰もが、強くなりたい一心で努力を続けていた。和は自分の顔が凍りつくのを感じた。やり場のない怒りが込み上げてきて会場を出る。部屋に駆け込むと涙が溢れた。
勝つことで評価される世界で、まだ実績のない自分への注目が高まっていく。自然と風当たりが強くなるのも感じていた。公式戦が近づくと、勝たなければ何を言われるかわからないという強迫観念が襲ってくる。前夜になると吐き気に襲われ、トイレとベッドを行き来してほとんど眠れない。いつしか自律神経失調症に苦しむようになった。
「肝心なのは、自分がやりたいかどうかなんじゃないのか」
『将棋世界』編集部に断りの意を伝えると、大崎が直接話したいという。後日、連盟に行った際に編集部を訪れ、奥のデスクに座った大崎に初めて会った。クタクタのスーツを着てタバコを燻らせていた。
これ以上、目立つ仕事をすることで、色々なことを言われたくないと話すと、それを聞いた大崎はあっさりと言い捨てた。
「そんなの言わせておけばいいじゃないか」
予想もしていなかった一言に、呆気にとられた。和は生来の真面目な性格で、周囲の声を聞き流すことができなかったのだ。
「そうなんだ、気にしなくていいんだ……」
ポカンと口を開けている和に大崎はいった。
「肝心なのは、自分がやりたいかどうかなんじゃないのか」
その言葉に自分の殻が破れる感じがした。
大崎が選んだスタッフは、ベテラン観戦記者の田辺忠幸とカメラマン弦巻勝だった。2人とも和と旧知の仲であり、取材旅行は忘れることができない楽しいものになった。8ヶ月かけて国内を回った後に、オランダ、ベルギー、フランス、イギリスを旅した将棋紀行は、「和とレッスン」として『将棋世界』に1年にわたって連載された。
大崎は出発前に当時大ヒットしていた映画『ボディガード』を観て、警護するつもりでいたらしい。宿泊先のホテルの窓辺をチェックしたりしているので、和は「この人は何をやっているのだろう?」と思った。


