連載は大きな反響を得て、翌年の将棋ペンクラブ大賞を受賞、のちに書籍化もされた。大崎と和はこの取材の後に仲間内の食事や飲みの席を共にするようになり、1年ほどして交際をスタートさせた。

 また、この取材時に欧州を案内してくれたコーディネーターの山本夫妻と親しくなり、山本一家がフランスのニースに移り住んだことで、2人はそこを訪れるようになる。その地の美しさは大崎と和にとって生涯忘れぬものなり、その後の大崎の小説『パイロットフィッシュ』や『アジアンタムブルー』の中に大きく反映されていく。

快進撃

 世界大会の前哨戦といえる「モンテカルロオープン」が7月26日に開幕した。和にとって初めての試合にで、まだレーティングさえも持っていない。

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「目の前にあるものに集中するだけでした」

 トーナメント表を自分の名前が勝ち上がって行くのが不思議な気持ちだった。そして決勝、最後のダイスが和に微笑むと咄嗟に泣き伏した。誰もが予想もしなかった優勝だった。

「そのときの涙はギリギリの戦いで掴んだ勝利と緊張からの解放感、そして一番喜んでくれるはずの人がいないという現実に戻っての涙でした」

「モンテカルロオープン」のインターミディエットクラスで優勝して涙を見せる高橋和さん

 バックギャモンの世界大会は3階級に分けられ、上位から順にオープンクラス、アドバンストクラス、インターミディエットクラスになる。前哨戦のインターミディエットクラスで優勝した和は、続く世界大会ではアドバンストクラスに出場した。一度敗れたものの、コンソレーション(敗者復活戦)でのチャンスに懸ける。

「本来なら命日は日本にいるべきでしょう。それから逃げてきた以上、もうやるしかなかった。それが私なりの供養だと思ったんです。決勝の舞台に立てないなら、自分の存在価値はないというほど、思い詰めていた」

 朝、宿泊先を出ると会場まで10分ほどの道を歩く。南仏の美しい街並みの向こうに、紺碧の空が海へと続いている。降り注ぐ光に、サングラスをしていないと目を開けていられない。行き交う人たちから漂う香水の香り。皆、自信に満ち溢れ、幸せを絵に描いたような世界が眩しすぎて切なかった。

 歩きながら、いつも宇多田ヒカルの『道』を聴いていた。

 あなたならこんな時どうする?

「歌詞の問いかけに、私は自然と“闘う”って応えていました。それが最も自分らしい姿だと思えたんです」

 試合ではどんなに苦しくても、最後に女神が微笑んだ。この時の自分に冷静ながらも狂気じみたものを感じていたという。