8月2日、準々決勝。あと2つ勝てば、翌日の最終ステージへと進むことができる。
「その日の朝に会場に入ると、いつも海を見ていた大きなガラス窓が、ホテルの仕様で全てカーテンが閉まっていました。とてもがっかりして弱気になってしまって。でも、いよいよ準決勝が始まる時に、ふと顔を上げたらカーテンが開いていたんです。ちゃんと見ているから、頑張りなさいと言われているようでした」
どんな窮地に追い込まれようとも、諦めずに食らいついていった。思いがダイスに乗り移るはずはないのだが、ここぞというところで良い目が出た。
「不思議な力を感じました。あれは絶対に大崎の手です。でなければ、あんなに勝つわけがない」
ついに決勝進出を決め、最終日の舞台に立つことになった。周囲で何事もないようにゲームが行われている中、誰もいない隅の方で涙が止まらなかった。何度も机を叩いて、やり遂げた喜びを噛みしめていた。
消えて得たもの
8月3日、決勝戦――。
南仏の太陽は本当にオレンジ色をしている。朝の空気はカラッとして、空はどこまでも高く、街中には高級車のエンジン音が響いていた。
石畳に立つと、かつて大崎と歩いたことを思い出す。記憶の中の彼は、不思議と顔が見えなかった。
決勝の相手はドイツから来た青年だった。前半は和が大きくリードして、青年は顔を赤めて苛立ちを見せていた。しかし後半になると流れが変わった。一気に追い上げられて逆転される。
残りあと1点まで追い込まれたところで、日本人メンバーが「コーヒーかお水でも飲みませんか?」と休憩を促してくれた。
「私があまりに過集中になっていたのを心配してくれてのことでした。ギャモンは試合の合間に、自分のタイミングで少し休憩を取ることができるんです。そこで海を見に行きました。毎日、眺めていたところへ」
心にあった何かが、海に溶けていく感じがした。
「勝敗なんかよりも大切な仲間が和の周りには、いっぱいいるじゃないか」
そう言われているような気がした。大崎の死からずっと、崩れそうになる自分と向き合うのが精一杯だった。
最後は結果的に敗れたけれども、不思議な気持ちになった。女流棋士を目指したときから勝負とは勝つことがすべてだったのに、このときは消えて得たものがある感覚だった。
「決勝が終わった後に、報告にもう一度海を見に行ったんです。『やったじゃん』という言葉が聞こえてきました。『この1年、いろいろな意味で頑張ってきたね』って」
こんなにも大崎が身近にいると感じたのは、亡くなってから初めてだった。
「もっと今の自分や周りを見て生きなさい。それがこれからの人生に繋がっていくことなんだから」
その瞬間、傍にいた大崎がスーッと飛んでいった気がした。この気持ちを伝えたくて、自分をここに連れてきたのだろうか。
「もう大丈夫だね」
そんな声が心に響いた。
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