リンゴ箱の上で歌う「やけくそだった」日々に、耳を疑う「衝撃のオファー」が

 76年12月、ヤングジャパンと契約した。谷村さんの言う通り、スーパーマーケット前のリンゴ箱の上で歌ったこともあった。その頃、武田さんは「やけくそだった」と振り返る。

「もう一発、コミックソングで当ててやろうと思って、羨ましく思っていたニューミュージックの人たちを揶揄し、怒りをぶつけるような歌をつくったんです。それが『あんたが大将』。細川社長も喜んでくれてね。『これは面白い! 一発いくぞ』と」

ニューミュージックを念頭において生み出した『あんたが大将』がヒットした(写真は『あんたが大将’92』ジャケット、Amazonより)

 77年1月に発売され、スーパーなどで歌い始めると、じわじわとヒットチャートを駆け上がり、しばらくすると有線放送のベスト10にも入る。武田さんも手応えを感じていたそんな時、耳を疑うようなオファーがくる。

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 映画への出演依頼である。松竹からだった。しかも、「武田さん、あなたを所望なさっておられるのは……」と名前が明かされたのは、誰もが知る有名監督、山田洋次さん。共演する俳優陣も、高倉健さんを筆頭に有名どころがずらり。二度三度驚いたのは言うまでもない。

「ウソとしか思えなくてね。聞いたら、最初に名前があがっていたお2人と監督が会ったんだけど、どうも違うと。武田さんが3人目なんだけど、どうだと」

 つまり「代役」というわけだが、この仕事が、武田さんの人生を大きく変えていく。

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