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はるばる大阪から来た船の姿が
そんな港の中に、どこかでみたことのあるような船が停泊していた。
船体に大きな太陽が描かれた、「さんふらわあ」。貨物船がほとんどの志布志港にも、大阪と結ぶ旅客船が就航している。1977年以来の伝統航路だ。
貨客とも、志布志はどこまでも“港町”というわけだ。
かつては交易の中心地として栄えた
歴史的にも、志布志は港とともに歩んできた。
大隅半島は、平安時代末に都城を本拠として開かれた巨大な荘園・島津荘の一部だった。島津荘の地頭職を足がかりに勢力を伸ばしたのがのちの薩摩藩主家・島津氏だ。志布志はそんな島津荘、そして島津領の外港として発展することになる。
島津氏が南九州から九州全域にむけて領土を広げ、明国との交易もしていた戦国時代。また幕府にナイショでこっそり琉球などと密貿易をしていた江戸時代。志布志はそうした時代の交易の拠点となって、「志布志千軒の町」と言われるほどに栄えたという。
そうした往年の輝きが、志布志港にも受け継がれているというわけだ。
一方、中心市街地はどうなのか。とうぜん、江戸時代には多くの商人が行き交う賑やかな町だったのだろう。


