ちょうど真ん中に桜島を抱き、西に薩摩半島、東に大隅半島が取り囲む——。これが九州最南部、鹿児島県の姿である。
人口が集中しているのは、西側の薩摩半島だ。県都の鹿児島市は県の人口の1/3以上を占める大都会。ターミナルの鹿児島中央駅には観覧車も回っているし新幹線も乗り入れる。
一方、東側の大隅半島はというと、薩摩半島とはまったく事情が異なっている。鹿屋という人口10万に近い中心都市はあるけれど、薩摩半島と比べると人口はかなり少ない。薩摩半島と大隅半島の人口のアンバランスさ、それは江戸時代、薩摩藩の時代から課題だったというから、なかなかに悩ましい。
今は鉄道のない大隅半島だが…
だからというわけでもなかろうが、大隅半島に鉄道は通っていない。ほんのギリギリ、付け根のところにJR日南線の志布志駅があるくらいだ。
だが、かつては志布志駅を要衝としてほかに2つの鉄道路線があった。ひとつが半島を横断する大隅線、もうひとつが南北に走る志布志線である。
せっかく志布志駅までやってきて、そのまま日南線で折り返してはつまらない。だから今回は、志布志線の跡を辿って見ようと思う。
ナゾの廃線「志布志線」の痕跡をたどる
志布志線は、宮崎県都城市の西都城駅から県境を跨いで志布志駅までを結ぶ38.6kmの路線だ。
細かいことをいえば起点は西都城。だから西都城駅から辿るのが本筋なのだろうが、今回はその逆、終点の志布志駅から辿ることで勘弁していただきたい。
その志布志駅、1面1線の無人駅でとても3路線が交わるターミナルだったとは思えない。もちろんこの姿は、志布志線と大隅線が廃止されてからのものだ。併設の機関区ともども要らなくなった広い構内を整理して、小さな駅に集約された。
しかし、志布志線が現役だった時代には、駅前からまっすぐ西に延びる大通りがそのまま線路になっていた。


