「私共と女中と猫(※註1)とで引っ越しました」とセツは語っている。この頃はセツの他にもうひとり女中が雇われていた。西田をはじめとする友人・知人が引っ越し祝いに訪れた時には、女中に指図しながら家のことを取り仕切るセツの姿を目にしただろう。それを見たらもうセツのことを住み込み女中とは思わなくなる。誰の目にも「この家の奥さん」だと映る。知人たちの認識を改めさせる上でも、この引っ越しは良い機会だった。
(※註1)セツが住み込みで働くようになってまだ間もない頃、ハーンが虐待され水に溺れていた子猫を助けて、一緒にびしょ濡れになりながら帰ってきた。その光景がセツの目に焼きついて忘れられず「その時、私は大層感心致しました」と、思い出話によく語っていた。この時にはすでに彼女もハーンには特別な感情を抱いていたのだろう。
「この住まいが気に入りすぎた」
北堀町は市街地の北隅、中心街からは離れている。それまで住んでいた大橋界隈の繁華な場所と違って、付近は昼間も人通りがなく静寂に包まれていた。落ち着いて執筆に没頭できる環境がハーンにはありがたかった。また、裏山に鬱蒼(うっそう)と繁る森や家を囲む風流な庭園など、大橋川や宍道湖の眺望に勝るとも劣らぬ美しい眺めがあふれている。
「私はすでに自分の住まいが、少々気に入りすぎたようだ。毎日学校の勤めから帰ってくると、まず教師用の制服からずっと着心地のよい和服に着替える。そして、庭に面した縁側の日陰にしゃがみこむ。こうした素朴な楽しみが、五時間の授業を終えた一日の疲れを癒(い)やしてくれる。壊れかけた笠石の下に厚く苔蒸(こけむ)した古い土塀は、町の喧噪(けんそう)さえも遮断してくれるようだ」(『新編 日本の面影』)
この家がいちばん居心地がよくて安らげる場所になっている。神戸で暮らしていた明治29年(1896)に、松江を再訪した時にはこの旧居にも立ち寄り「我が家に帰ってきた」と喜んだ。2時間以上も滞在して感慨深げに部屋や庭を眺めていたという。