昨年12月、福間香奈女流五冠が妊娠・出産に関するタイトル戦出場規定の見直しを訴える記者会見を開いた。

 将棋界の内外から注目を集め、賛否両論を産んだ今回の会見。女流棋士歴45年、タイトル19期の実績を持つ中井広恵女流六段は、あの会見をどう見たのか。(全3回の2回目/つづきを読む

中井広恵女流六段 ©︎細田忠/文藝春秋

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昔は「産休を取れる」という認識自体がなかった

 女流棋士の産休に関しては、これまで議論がなかったわけではない。

 1992年4月、当時2冠を保持していた中井は第一子となる長女を出産。当時は「産休=不戦敗」が当然とされた時代で、中井は出産から約1カ月後に早くも対局復帰。予定通り実施された女流王位戦で林葉直子女流五段(当時)の挑戦を退けた。

 1995年には第二子を妊娠。このとき中井は女流王将戦の挑戦者だったが、五番勝負はすべて旧将棋会館での対局に変更となった。

 もっとも、1999年の女流王将戦では挑戦者決定リーグで連勝スタートを決めたものの、第三子の妊娠・出産のタイミングと重なり、切迫早産により入院。残りの対局は不戦敗を余儀なくされている。

デビュー当時の中井女流六段(本人提供)

「当時は産休が取れるという認識自体がありませんでした。椅子対局などの措置もなく、妊娠中でも正座でしたね。何かと負担が大きかったのは確かですが、棋戦が少なかったこともあって日程・対局場などの変更が実現し、関係者やスポンサーの方々には感謝しています」

 中井の他にも、タイトル戦の日程が延期されたケースはある。2009年、マイナビ女子オープンで矢内理絵子女王(当時)への挑戦が決まった岩根忍女流二段(現・三段)の出産が早まったため、開始時期が約2カ月、後ろ倒しになった。

ベテランの女流棋士たちが声を上げるべきだった

 この他にも、出産にともなう休場により公式戦の不戦敗を受け入れた女流棋士も複数いる。

 今回、福間の会見は「勇気ある提案」と高く評価されているが、その一方で「自分自身が当事者となるまでこの問題を看過していた」という厳しい意見もある。この点、中井はどう考えるか。

「私もそうでしたが、10代、20代前半の女流棋士はただ将棋が強くなりたいという一心で、彼女たちに将棋界全体のことを考えろというのは酷だと思います。やはりそこはベテランの女流棋士たちが先頭に立って声を上げなければいけなかった」