「映画をやりたい」19歳で訴えるも、事務所は良い反応をせず…
俳優、プロデューサーの両面から日本映画を支える岡田准一を見るのは、彼の軌跡を振り返れば驚くべきことである。決して映画界の王道を歩いてきたわけではなく、事務所が映画出演そのものに難色を示すような環境の中で生きてきたからだ。
「19歳ぐらいの時ですかね。事務所に『映画をやりたい』と話したのですが、あまり反応が良くなかった。ステージに立つことがメインの事務所で、映画を主戦場としている人がいなかったからだと思うのですが」(BuzzFeed)
おそらくそれは事実なのだろう。2007年、役者として成長した27歳の彼がブルーリボン賞にノミネートされたにもかかわらず、所属事務所は「映画賞辞退」を発表して話題になっている。先代社長の時代の出来事とは言え、「お世話になった俳優との争いもさることながら、同じ事務所内のタレント同士で賞を争うのは本意ではない。日本国内の賞レースには今後も参加する可能性は極めて低い」という当時の事務所発表は外部の人間から見れば内向きで異様なコメントであり、「うちは映画は本業じゃない、どうでもいい」と言わんばかりの対応だった。
『散り椿』を監督した木村大作をはじめ、『情熱大陸』で指折りその名を数えた名優たちが岡田准一を信頼し、未来を託すように肩をたたいてきたのは、その高い能力もさることながら、所属事務所から映画賞の道を断たれ、外からはジャニーズという先入観で見られながら、なお日本映画に献身する彼に、映画人として日本映画への愛を感じずにはいられなかったという理由もあるだろう。
時代と経営陣が変わり、2022年に主演男優賞を受賞した時の「ブルーリボン賞には縁がないと思っていたのですごくうれしい。映画を愛してきた姿勢も評価していただいたと思う」というコメントには、アイドルから映画俳優としての道を切り開いてきた思いがあふれていた。
