入谷南公園でターゲットを物色する。たまたま見かけた裕福そうな4歳の児童、村越吉展ちゃんに声をかけた。

写真はイメージ ©graphica/イメージマート

 当時、男児の間では水鉄砲や銀玉鉄砲が流行り、公園でよく遊んだものだ。吉展ちゃんが持っていた水鉄砲はライフル式で他の子たちより立派なものだった。母親とこの後、買い物に行く予定で、革靴をはき、おめかししていた。当時、デパートに買い物に行くときはハレの場で親子はドレスアップする習慣があった。小原の目には吉展ちゃんが実態以上に裕福な家庭の児童に見えただろう。

 公衆トイレの手洗い所で水を補充していた吉展ちゃんに、水鉄砲を誉めると、吉展ちゃんが、水の出がよくないと言うので、公園の近所に小原の家があるとそそのかし、直してあげると吉展ちゃんを連れ出した。

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 公園から歩き、円通寺にたどりつく。

 私もこの距離を歩いてみたが、短いはずの距離がやけに長く感じたものだ。それは小原の心理状態に似ていた。歩きながら小原は殺害を決意していたのだ。

 足が悪いので、生きたまま吉展ちゃんが帰れば、自分の正体がばれてしまうから、口封じしようとしたのだった。人間、カネに困ると鬼畜の選択をとりやすくなる。さい銭泥棒や自転車泥棒といった微罪を何度かやった程度だった小原だったが、吉展ちゃんが寝てしまったので、境内で絞殺した。ついに一線を越えてしまったのだ。

 もしも吉展ちゃんを連れ回していたとき近所の誰かに目撃され、ひと声かけられていたら。寺の境内に着く前に吉展ちゃんが愚図り、泣き出していたら。人を殺めるという最悪の手段まで至らなかったはずだ。

 運不運はまことに紙一重の差だ。

後手に回った昭和当時の捜査

 小原保が吉展ちゃん宅にかけた電話。

「イヤー。エー。今日ハネ、アノー、ソノー、マズエガラ、渡セネーガラネ。ンダカラネ、エー、アドデマダ、指定(シテー)スル」

「エー、アノ、新聞紙(シンブンガミ)ニクルンデネ、少シ、グヂャグヂャニ、品(シナ)ヲツツンデカラネ」

 上野駅の電話ボックスから吉展ちゃんの自宅に何度も電話をかけ、吉展ちゃん宅に近い品川自動車という修理工場に身代金を置くようにと、小原が指示した。

 悪運が小原保に味方した。

 吉展ちゃん宅に犯人からの電話がかかってくるだろうと、録音装置をセッティングしたのは警察ではなく吉展ちゃんの父だった。工務店を経営していたので、当時としては珍しい録音デッキをすぐに買いそろえることができたのだが、手際の良さに、逆に警察から父が疑われるありさまだった。