東京の新築分譲マンションの平均価格は、2023年1~6月、1973年の調査開始以来初めて1億円を超えた(不動産経済研究所調べ)。「マンション高騰」と騒がれたが、1億円は、香港であれば車1台の駐車場分にすぎない。
日本は世界一安全でインフラが整っている。四季折々の美しさがあって食事も美味しい。その上激安だ。円安効果によって、不動産は、20~30%オフのバーゲンセール真っ只中といえる。
しかし、私は思う。今の東京は、30年前の香港の姿だ。
東京は“30年前の香港”
今から30年前、異常な不動産価格の高騰が、香港で起きた。40万香港ドルの不動産が、またたく間に400万香港ドルになった。導いたのは、日本人だった。その頃日本は、バブル景気の余韻がまだ続いていた。ちょうど、九龍サイドからヴィクトリアハーバーの向こう岸、香港サイドを見渡した時、ビルの屋上で光を放つ大型看板が、ことごとく日系企業だった時代だ。現地ではそごうや大丸、伊勢丹、三越など日本のデパートが人気を博した。まさにニッポン絶頂期だ。
香港にやってきた日本人の軍団は、市場価格や相場など調べもせず聞きもせず、言い値で不動産を買い漁った。それはさながら、日本人による香港爆買いだった。
時代の寵児ともてはやされた小売チェーンのヤオハンが、香港に船の形を模した巨大なスーパーを作ってアジア進出の要とし、社長の和田一夫氏が「ピーク・ロード」に豪邸を構えた頃だ。
「間に入る不動産会社は『日本人に売れば儲かる』とウハウハでしたよ」
当時の香港を知る人は言う。
「日本人に大人気だった実業家で作家の邱永漢が、日本企業の経営者を引き連れてよく来てましたよ。そして立地の悪い物件でもどんどん売ってました。ババ掴みした日本人がたくさんいましたけれど、そうやって香港不動産の値は吊り上がっていったんです」
簡氏が不動産営業マンとしてモーレツに走り回っていた1990年代、香港の中心地、尖沙咀近くやウォンポーエリアでも、日本円にして1000万円クラスの不動産が普通にあったそうだ。その頃、不動産を買った香港人は、値上がりで億の資産を作ることができた。
日本はその後、失われた30年を漂ったが、この間、香港の名目GDPは770億USドルから4070億USドルへと、5倍以上に成長した。そうして生まれた香港の成功者たちの一部が、今東京を買いに来ている。そして東京のマンションは、平均的なサラリーマンの所得では買えないほどの値上がりを更新し続けている。
30年前に日本人が香港でしてきたことを、今度は香港人が東京でしている。かつて日本人が種をまいた中華系マネーが、今、日本でうごめき始めている。
