「香港人はもともと中国人を毛嫌いしていました。街で北京語を話す人がいたらあからさまに嫌な顔をして近づきません。でも今は、無理やりにでも北京語をしゃべります。そうしないと仕事にならないから」

 香港と日本でビジネスをする日本人女性はそういった。

 中国系のマンションには、独身者向けの部屋が多かった。広さは、27平方メートルから37平方メートルで日本のワンルームとほぼ同じだ。それでも価格は2億円台だった。仮に賃貸で借りるとすると、月額32万円だと言われた。中国人の管理人は、「それくらいで募集したらあっという間に借り手はつきますから、投資にもいいですよ」と付け加えた。

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 その後、もう数部屋を見て案内役の青年とは別れた。

 私は今回の視察で、移民や出稼ぎ労働者が住むマンションも見た。かつて、魔窟と呼ばれ恐れられた巨大スラム「九龍城砦」ほどではないだろうが、電線はむき出し、廊下にゴミが溜まり、動物の死骸のような臭いと炒め物を調理する音が同時に存在していた。

 狭いエレベーターは旧式で、ガタガタと箱が上下に振動した。国籍も宗教も年齢も性別もわからない人々が乗り込み、よくわからない言語と体臭を発していた。共用廊下には洗濯物が吊るされ、スリッパや靴がひっくり返っていた。

 天井からは漏水しているのか、得体の知れない、「建物の汁」とでもいうような水滴が落ち、私の頭や顔に垂れてきた。風呂はない。ベランダもない。網戸もエアコンもない。20平方メートルもないような汚い部屋だ。

 マンションの入り口には、ベトナムやラオスからきているという売春婦が椅子を出して座り、胸の谷間をあらわにした服で朝から客引きをしていた。最近は、バングラデシュ、インド、ペルーからの出稼ぎも多いそうだ。多国籍の人々が行き交う無法地帯に、先ほどの簡氏は「きっと泥棒も混じってますね」と耳打ちしてきた。それでも家賃はひと月20万円を超えると言われた。

日曜に“アマさんの天国”になる金融街

 日曜日、金融街の「セントラル」を歩くと、左右の歩道にびっしりと女性が座っていた。何百人、いや何千人、ひょっとすると何万人という単位だ。朝、7時台からゴザを敷き、煮炊きをしている者もいれば髪をカットしあっている者もいた。アマさんと呼ばれるメイド達だ。香港にはフィリピンから出稼ぎに来ているアマさんだけで、30万人いると聞く。

セントラルの街並み ©Gengorou/イメージマート

 日曜の朝、住み込みの邸宅から出てきて、同じ国の出身者同士で寄り集まり、夕方までの時間を共に過ごす。週に一度のオフの過ごし方だ。勤め先からこっそり持ってきた食材や消耗品で商売をする者もいる。

 ウィークデイは世界屈指のエリートが闊歩する世界三大金融街の一つ、セントラルの歩道だが、彼らの出社しない日曜日は“アマさんの天国”となる。

 私が見た豪邸はすべてにアマルームと呼ばれる住み込みアマさん用の部屋があった。居住面積が150坪を超えるような屋敷であってもアマルームは2畳もなかった。しかも、大きな音と熱風を出す衣類用乾燥機は、たいていこのアマルームの中にあった。ベッドは、折りたたみ式で横幅は人の肩幅くらいしかなかった。

「スペースがないわけではなかろうに」

 何遍もそう思った。「メイドに住環境は必要ない。違う生き物だ」。おそらくそう思っているのだろう。

 資本主義に格差は必然だ。そして格差はこれからさらに拡がっていく。「こんな状況が東京で起きてしまったらどうなる」。香港の不動産を上から下まで見てそう思った。