インバウンドや外国人労働者を雇用することで、企業は大きな利益を上げるものの、その恩恵は一般住民とは無関係であり、十分な説明もないまま外国人が増え続けている。そうした状況の中で「日本人ファースト」という言葉が一般市民の気持ちに刺さったと言えるでしょう。

「日本人ファースト」を許容すべきでない理由

 では「日本人ファースト」は許容すべきものでしょうか。筆者はそうではないと思います。なぜなら日本人ファーストは、日本人以外はセカンドあるいはそれ以下であることを暗に意味しています。これは外国人を受入れていく包摂主義とは正反対のものです。外国人が日本にとって必要である以上、彼らを分離するのではなく日本社会に包摂していく必要があるはずです。外国人を二級市民として分離していけば、最後には犯罪やヘイトが多発する状況が社会に生まれます。

 多文化共生は、この日本人ファーストと対極にある言葉と言えます。日本人ファーストでの認識は「今の社会は日本人より外国人が優先されている。本来、日本人が優先されるべきである」という考えです。一方、多文化共生は「外国人は日本の社会の中でさまざまなハンディを抱えており、時には差別されている。彼らを日本人と同様に扱い社会に包摂していく必要がある」という考え方です。つまり、両者の外国人に対する見方がまったく正反対であり、そのため目指すべき方向が逆を向いているのです。

ADVERTISEMENT

 なぜ、このように見方が違うのか。日本人ファーストが考える外国人は、土地を買い占め、東京の高額なマンションを自己の利益のために買って転売する人たちといったイメージでしょう。一方、多文化共生に関わる人たちが考える外国人は低賃金で働き、生活苦にあえいでいる外国人です。両者が考える外国人像がまったく逆なのです。

 では実態はどうなのか。一部の外国人は日本人の平均をはるかに超える収入を得てぜいたくな暮らしをしている例もあるでしょう。しかし、厚生労働省の「令和6(2024)年賃金構造基本統計調査」によれば、一般労働者の月額平均賃金が33万400円に対して、外国人労働者の賃金は、若い世代が多いこともあり、24万2700円と7割強しかありません。また、後述するように日本語が不自由な高校生の中退率は、平均の8倍以上と十分な教育を受けられていません。日本に住む395万人を超える在留外国人の大多数は日本人より優遇されているとはとても言えない状況にあります。地域社会の現場で外国人を支援してきた人びとから見える外国人は、まさにこのような実態なのです。