さらに危機的だったのは、海曹長本人を含む護衛艦の乗員の個人情報が流出したことだった。氏名、生年月日、顔写真、学歴、職歴、家族の情報、宗教など詳細にわたっていたが、中でも最大の問題は、隊員固有の認識番号が流出してしまったことだ。

 同時に、海上自衛隊の130隻の艦船の電話やFAX、自衛隊専用回線の番号なども出てしまった。これだけの情報があれば、「なりすまし」で海上自衛隊に浸透したり、攻めたりする条件が整ったことになる。非常に危険な状態だった。

 私は若い頃から親しい関係にある統合幕僚会議議長の先崎一氏と飯島勲首相秘書官に連絡し、手を打つよう求めた。海上自衛隊という船が魚雷を食らったようなもので、大至急、穴を塞いで浸水を止めるためのダメージコントロール(被害局限)をしなければ、日本の国防にとって取り返しのつかない被害が生じるかもしれなかった。

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 流出した情報は当時の秘密区分の機密、極秘、秘の3段階で言うと、秘に当たるものがもっとも秘密の度合いが高い程度で、海上自衛隊上層部は「たいした秘密ではない」とたかを括っていた。

©skywings/イメージマート

 先崎統幕議長に連絡した夜、海上幕僚監部で広報などを担当する監理部長の河野克俊氏が私の自宅に電話をしてきて、「たいした秘密はありませんから大丈夫でございます」と言った。

 私は海将補を叱責するのは気の毒だと思ったが厳しく言い渡した。

「それは記者クラブ向けの発言だぞ。漏洩情報はオレのところに持ち込まれ、俺から統幕議長に連絡したんだよ。護衛艦が敵の潜水艦をどのくらいの距離で発見し、どのくらいの速力で追尾し、どの兵器で攻撃したか書かれた訓練資料のどこが、たいした秘密じゃないというんだ」

 河野氏は後に統合幕僚長として3回も定年延長し、安倍政権を防衛面で支えた。私は河野氏の有能さを評価していたが、平時に首相を補佐するには適任であっても、有事型ではないと思った。

『海上自衛隊攻略ハンドブック』

 とにかく、流出した情報は外国情報機関の立場で見ると海上自衛隊のすべてが分かる詳細なもので、『海上自衛隊攻略ハンドブック』が書けるほどのものだった。自衛隊側の秘密区分に関係なく、流出した情報は自衛隊を攻める側にとって「宝の山」だったのだ。

 私は、この情報の取り方はプロの手口と見ておくべきだと思った。情報を流出させたのは護衛艦の通信室にいる海曹長(通信員)だったが、背後にどこかの国の情報機関が存在するなど、何らかの背後関係が疑われたからだ。