情報のプロであれば、下士官である海曹長クラスの人間に「海上自衛隊のトップシークレットを取ってこい」などと要求したりはしない。機密情報が欲しければ、それなりの立場の人物に狙いを定めるに決まっている。海曹長に頼むとすれば、「あなたの日常業務で入ってくる情報を細大漏らさず集めてくれないか」という言い方になるだろう。その中に、たまたま秘密情報が含まれていれば、なおよいという考え方である。

 そうした見方を裏づけるように、流出した情報はコンピュータ内のデータをコピーしただけでなく、わざわざPCに打ち込んだものまで含まれていた。

 たとえば、護衛艦の居住区の冷蔵庫に食べ残しを入れる不届き者に対して、「不潔になるからやめよう」という張り紙が出たことまで、わざわざ打ち込んでいる。護衛艦に民間人を案内してよい日時、休日明けの朝に岸壁に集合する時刻も入っていたし、「セクハラ対策」や「サラ金対策」のハンドブックなども表紙と見出しをスキャナーで読み込んでいた。

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 ようするに、海上自衛隊の日常生活が手に取るように分かる情報が、いわば『海上自衛隊攻略ハンドブック』の見出しや索引のような形で流出していたのだ。

 そんなこともあり、私はウィニーによってネット上に流出してしまったことは、かえって幸いだったかもしれないと思った。流出事件で気づくことがなかったら、そのまま情報漏洩が続いていたかもしれないからだ。

 この事件の後、多数の隊員の無断海外渡航の問題や中国・上海のカラオケ店との接点が浮かび上がることになった。

海上自衛隊は1年以上も無防備

 ヒアリングで特に私が防衛省・自衛隊を叱責したのは、情報流出事件の1年後に私が海上自衛隊艦船の電話やFAX番号をチェックしたところ、依然として流出した番号を変更せずに使っていたことだ。無防備だったと言ってよい。番号が露出したままなら1台のパソコンで海上自衛隊全体を麻痺させることも不可能ではない。国防の基本である情報漏洩の防止、秘密保全についての自衛隊の鈍感さは目に余る、と私は指摘した。

 残念なことに、この後も情報流出は続き、防衛庁が慌てて官用PC5万6000台を緊急調達した後の2006年11月にも、航空自衛隊の情報がウィニーによって再び流出した。読売新聞は2007年2月9日付の記事で、2000年度以降に陸海空3自衛隊で自衛隊法に定めた秘密文書を紛失する不祥事が計27件発生し、表面化したのは5件だけだったと報じている。

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