それでも僕は取材する
――記者バッシングもありますね。
山﨑 最近の話でいうと、アイヌ差別のヘイター(差別主義の活動家)たちのデモに取材にいくと、彼らもカメラを持っていて、僕ら報道の人間を撮影します。「北海道放送の山﨑が来た」とネットにアップされる。あるいは、番組のスポンサーに電話して「山﨑を辞めさせろ」と圧力をかける。
それでも彼らのやっている行為は無視できないので、僕は取材するんです。
でも、若い記者は好き好んでそういう相手を取材したくはないでしょう。だから僕は現場に彼らを連れて行って、僕がヘイターたちの矢面に立つようにして、取材現場を見せるようにしている。そうやって、免疫をつけようとしているんです。
記者が誹謗中傷に遭う時代だけれども、それでも取材して報じていく記者を確保していかないといけない。そうしないと、どのメディアも取り上げない問題が生まれます。報道の空白地帯が生まれると、この間の兵庫県知事選のように、デマによって選挙戦がゆがんだものになったり、自殺に追い込まれる方が出てしまう。
取材の依頼は「長い手紙」で
――山﨑さんの取材の仕方について聞きます。Bの義兄は04年に取材を受け、それから20年後に山﨑さんに電話してきて、Bの死を伝えます。こうしたことから、山﨑さんは取材の前後が丁寧なのだろうと想像します。たとえば本書には取材依頼の手紙が多く出てきますね。
山﨑 取材したい相手に、事実を知りたいということと、それを正確に報じたいということがきちんと伝われば、取材に応じてくれることもあるんです。
たとえば森達也さんがオウム真理教を取材した「A」(1998年)というドキュメンタリー映画がありますね。この作品は森さんが教団の内部を撮ったものですが、オウムの広報部長が言うには、正式な手紙での取材依頼が来たのは森さんからが初めてだった。それ以外はいきなり押しかけて来るか、隠し撮り。それで、手紙を送って来た森さんの取材を受けたという話があります。
相手の立場になって考えると、どんな考えを持っているのかわからない人間がいきなり家に来て、「今の気持ちを聞かせて欲しい」と言われても、それは受け入れられないですよね。では、どうすれば、相手が僕に対して心が動くのか。それを考えた時、手紙に自分はどんな人間で、どういう動機で取材しようとしていて、どういう方法で、なにを聞きたいのか、事細かに書いて、それで初めて検討してもらえるきっかけになるのではないかと思うんです。
それはメールでも無理だし、電話でも無理だと思う。長い手紙を書くことしか、僕には方法が見つけられなかった。だから、手紙を書いてきました。

