「いい取材ができたら、それでいい」

――Bの死を義兄に知らされた山﨑さんは、再犯で服役してから死に至るまでの轍を取材します。現在の勤務先の北海道放送ですが、そもそも東京で起きた事件を取材するのは、社内的には大丈夫だったのでしょうか?

山﨑 北海道では当時、旭川で女子高校生を橋から転落させた殺人事件や、江別での男子大学生強盗致死事件が起きて、少年犯罪が注目されていました。だから、女子高生コンクリート詰め殺人事件と北海道は、かろうじて細い糸でつながっていた。くわえて少年法が改正(2022年)されたばかりでした。

 コンクリ詰め殺人事件は、少年事件の原点のような事件です。そういう背景もあります。

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 それに北海道放送は、おおらかなところがあるから、できた面もある。これがもし他の局だったら、できなかったかもしれない。たまたま運よく、そういう局にいる人間が、Bの死を知った。それで取材して放送することができた。

 でも、たまたまでいいのか、とは思いますね。

 

――『償い』の読後感として、山﨑さんは新聞社・テレビ局のプロパーではないからこそ、関係者を取材し続け、取材開始から25年を経て、一冊のノンフィクションになったように思います。

山﨑 そうですね。僕は制作会社出身なので、テレビ局のしきたりや記者クラブの制度などに染まっていない。「いい取材ができたら、それでいい」という現場主義でやって来た。残業代が出るとか出ないとか関係なく、自分が興味を引かれることには、どこにでもカメラを片手に取材に出かけて来ました。

 会社の業務時間内だけで仕事をしていると、みんなと同じことしかできなくなってしまう。もちろん、そういう生き方もあります。みんなと同じことを確実にやる、ルーチンワークをやることも大事だと思う。だけど、今のままの形で、新聞・テレビ・出版が、あと何年あるのか分からない変革の時代に、あなたは10年後、胸を張れる仕事を何回できていますか、と言うことだと思います。

写真=橋本篤/文藝春秋

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