物価高が続き、家計への負担が増す中、「インフレは前向きな変化だ」と東京大学名誉教授の渡辺努氏は主張する。文藝春秋PLUSの番組で、渡辺氏は30年に及ぶデフレが日本経済にもたらした停滞と、インフレがもたらす可能性について語った。
賃金上昇が追いつかない現状への不満は理解しつつも、渡辺氏が見据えるのは、価格メカニズムが機能し始めた日本経済の「第二ステージ」だ。(全2回の1回目/続きを読む)
(初出:「文藝春秋PLUS」2026年2月18日配信)
30年間のデフレが奪った活力
渡辺氏が強調するのは、2022年春から始まったインフレが、日本経済にとって「前向きな変化」だという点だ。
「インフレが来る前の日本を振り返ってみると、1990年代半ばから約30年間、デフレが続いていました。価格も賃金も毎年据え置かれる状態です」
この30年間、企業は価格を上げることができず、新しい商品のアイデアがあっても「高い値段で売る」ことができなかった。結果として、投資意欲が失われ、イノベーションが潰されてきたという。
「投資をして立派な商品を作り、高い価格で売る。これが資本主義での企業の本来の姿です。しかし、それができていなかった」
労働者も同様だ。がんばってもがんばらなくても賃金がほとんど変わらない状況では、スキルアップへの意欲は湧かない。英語を学んでも、それが賃金に反映されないのであれば、「面倒くさい」という結論になる。
「企業も労働者も、ダイナミズムが失われてしまった。これが日本の停滞の大きな背景です」
企業経営者が実感する“勢い”
渡辺氏は、インフレによって企業経営に変化が現れ始めていると指摘する。特に大企業の経営者との対話では、前向きな声が多いという。
「価格が上がるような経済状況になってきて、経営に勢いがついてきた。投資について積極的に取り組むことがようやくできるようになってきたと、前向きにおっしゃる方が多い」
確かに、一般の消費者にとっては賃金上昇が物価上昇に追いつかず、実感は乏しい。渡辺氏もそれは認めている。しかし、企業側ではすでにインフレに伴う経済のダイナミズムが実感され始めている。
「賃金は今一つですが、もう少し待てば、賃金も上がるような状況になっていきます。そうなれば、もっとがんばってしっかりした技術を身につけて、賃金をもっともらおうと考える若い人が増えてくるのではないか」
