インフレは日本経済にとって「前向きな変化」だと語るのは、『インフレの時代』(中公新書)を上梓した東京大学名誉教授の渡辺努氏。しかし、その一方で氏が強く警戒するのは、インフレがもたらす「光と影」の影の部分だ。賃金格差の拡大、企業の淘汰、そして地方経済の疲弊——。
文藝春秋PLUSの番組で渡辺氏は、アメリカのような分断社会を避けるため、政治が果たすべき役割について語った。(全2回の2回目/はじめから読む)
(初出:「文藝春秋PLUS」2026年2月18日配信)
インフレの結果生じる「格差拡大」
インフレによって価格メカニズムが機能し始めると、賃金や企業業績に「メリハリ」がつく。一見すると健全な変化だが、渡辺氏はその裏側に潜むリスクを指摘する。
「メリハリが効くというのは、確かにいいことです。しかし、当然その裏側があります」
好調な企業は賃金を上げ、優秀な人材を集める。しかし、そうでない企業からは人材が流出し、経営が立ち行かなくなる。実際、人手不足や賃上げができないことを理由に、廃業やM&Aを選ぶ企業が増えているという。
「人が移動しやすい状態では、被雇用者にとって企業が淘汰されることのデメリットは、終身雇用が当然だったかつてほど大きくない。ある企業がなくなっても、違う企業に移っていけるからです」
しかし、問題は残る。地方のある地域では、その企業が地域経済を支えてきた場合もある。そうした企業を「芳しくないから」といって簡単に淘汰することはできない。
「急に潰れてしまうのではなく、ゆっくりと進行するようなサポートをするなど、政策的に対応しなければいけない部分が出てくる」
デフレ期は「みんな賃上げなし」の平等
渡辺氏が懸念するもう一つの問題は、労働者間の格差拡大だ。30年に及ぶデフレ期には、賃金がほとんど上がらなかった。しかし、それは裏を返せば「みんな平等だった」ということでもある。
「今までのデフレ期は、みんなが“賃上げなし”で来たので、平等でもあった。格差が広がる余地はそれほどありませんでした」
しかし、インフレによって賃金が上がり始めると、状況は一変する。上がる人はしっかり上がるが、そうでない人との差は開いていく。
「みんな一緒に上がるのが理想ではありますが、残念ながらそうはならない。上がる方はしっかり上がるけれども、そうでない方との差は開いていく」
渡辺氏は、アメリカやヨーロッパで賃金格差が拡大し、トランプ政権のような政治的分断を生んだ例を挙げる。日本も、賃金格差が広がることで同じ道をたどるリスクがあるというのだ。
