西村 そうですね。私が中3くらいからまた借金取りが来るようになりました。もう「怖い」というより「またか」という感じでしたね。
塾から帰宅したら知らない男達が家にいて、母に「奥さん、今日は手ぶらでは帰れませんからね」なんて迫っている場面を何度か見ました。近所に「西村嘉一郎はお金を返さない犯罪者です」とか書かれた張り紙をされたこともあって、私と母が夜半に剥がして回ったこともあります。
ある年の12月30日には、こんなことがありました。父と母が妹と3人でどこかに旅行に行っており、自宅には私と兄だったとき、借金取りが凄まじい勢いで玄関のドアをドンドン叩くんですよ。電話も鳴って、受話器を取ると、電話口から「ぶち殺す」とか言われたりしてね。兄はもう震え上がりながら、「家に入ってきたら包丁で刺し殺してやる」なんて言って。
――その一件について、西村さんはどう感じましたか。
西村 せめて事前に言っておいてほしかった、と。おそらく、両親は借金取りが来ることはわかっていたと思うんです。未成年の子どもにその対応をさせるのはいいんですけど、せめて知っておきたかったですよね。
父親としては失格、でも…
――西村さんからみて、お父様はどのような人でしょうか。
西村 人としてはともかく、父親としては失格ですね。
いま自分が精神科医になってわかるんですが、父は典型的な“積極奇異型アスペルガー”(人との距離感がわからず、空気を読まずに突っ走るタイプ)だったように感じます。
愛人の一人が実家に怒鳴り込んできたり、北新地のホステスを愛人にして西九条に店を持たせたり、もうやっていることがめちゃくちゃな人で(笑)。母に後年聞いたところによると、そういう女性が6人ほどいたとのことでした。
それ自体はめちゃくちゃなことです。でも、人間として「自分が絶対に到達できない領域にいた」と思わせられる存在ですね。
ただ、昨年12月、白血病と診断されて3日くらいであっという間に亡くなりました。
――お亡くなりになられたのですね。
西村 はい。母から「帰ってきて」と電話を受けて、次の日に行こうと思っていたら、その日の晩に亡くなってしまいました。
父は長年実家には帰らず、東京の愛人のところにいたようなのですが、亡くなる1年くらい前にぽっと帰ってきたそうです。ただ、本人が自分の死期を悟って本妻のもとに……というわけではなく、「次はこんな仕事をやるんや」みたいなことを言っていたらしいので……どういう風の吹き回しだったんでしょうね。
