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特集集まれ「インターネット老人会」

そして、僻地は雑踏になった 秋葉原ラジオ会館「日陰者の青春」

「物好きの趣味」だったパソコンが、世界の必需品になっていくまで

2018/08/20

いきなりメジャーになってしまい途方に暮れる

 ただまあ、自分で言うのも何ですが、キラキラした日々ではなかったのです。いまでも中学時代や高校時代の同窓生とはFacebookで繋がってやり取りしていますけど、オタクの、オタクによる、オタクのための趣味みたいなところが当時はあって、ラグビーやバスケで活躍している同級生からは日陰者ぐらいに見られていたんじゃないかと思うんです。いまでこそ、こうやって人様に読んでもらえる文章を書いて楽しく暮らしているので、彼らよりは人に知られる、目立つ活動をしているけれど、本音の部分では「誰もが見向きもしないような、カルトでマイナーな趣味」に過ぎなかったパソコンが、いつの間にかインターネットの時代になって、私も証券投資やらベンチャー企業やらで潤って、そして多くの人が苦労してパソコンの使い方を覚えたり、ネットの作法に四苦八苦しているのを半笑いで眺めるわけですけど、一方で深い寂寥感もあるのです。

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 好きだからやっていたマイナーな分野が、いきなりメジャーになってしまい途方に暮れるという。インディーで頑張っているバンドが好きで応援していたら、人気が出てメジャーデビューしてしまい、自分から遠いところに行ってしまったみたいな。もちろん、インターネットがそれだけ素敵な世界になったのは、多くの優秀な人たちの努力の賜物です。それをありがたく最前線で享受し続けてきた人生に、なんら悔いはないんですけどね、でも、もしも好きだったのが昆虫とか微生物とか恐竜とかそういう違う方面だったら、私の人生はどうなっていたのでしょう。人間の興味や趣味というモノは、本当に匙加減ひとつでその後の人生を大きく変えるものなのだと、キーボードを打つ自分の手をじっと見てしまうのです。

同じものを見ていても着眼点が違う我が子

 翻って、いま私の目の前でぶつぶつ文句を言いながら夏休みの宿題をやり、ピーヒョロ下手くそなリコーダーを吹いて練習している子供たちが、何に興味を持ち、どういう道に進もうとするのか、親として腹の底がもぞもぞするような気分に襲われます。私たちがインターネットの時代の発展を見てきた生き証人であるのと同様に、次の時代の最先端を担うのは私たちの子供の世代ですからね。そろそろ中学受験に突入する我が子も、やはり同じものを見ていても着眼点が違うなあと思うわけです。

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 味噌汁にしようとスーパーで買ってきた生きたサワガニが可哀想だとケースに入れて飼うことになり、彼らを入れている濁った廃液が何でできているのか知りたいと顕微鏡を持ち出してきて汚い汚いとキャーキャー言いながらプレパラート作ってる子供たちを見て、え、お前らもそっち方面なの、と思った私のいまの心境を3,000字以内で表現しなさい(20点)。

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