「学校に行く時はスキーで下まで降りて、知り合いの家にスキーの板を置いて、そこから歩いて通っていたんです。学校が終わると、リフトに乗って食堂に帰りました。両親はとにかく忙しかったので、食堂にいる時はよくお客さんと一緒にスキーをしていましたね」

冬が終わると、コメ作りが始まる。当時はまだ機械化が進んでおらず、特に田植えや稲刈りの時期には、祖父母や両親が早朝から深夜まで働く姿を見てきた。家族が一息つくのは、稲刈りが終わった後の短い期間だった。

それでも、関さんが小学4年生からミニバスケットボールを始めると、両親は仕事の合間を縫って送迎をしてくれた。当時は汚れた作業着のままトラックで迎えに来る両親を恥ずかしく思い、スーツを着て会社員をしている同級生の親に憧れたという。いつしか、「農業は一番やりたくない職業」になっていた。

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365日スノーボードに明け暮れた

関さんがスノーボードに出会ったのは、15歳の時。プロスノーボーダーのチーム「スクローバー」が石打丸山スキー場とコラボしてスノーボード用のパークをプロデュースした際、メンバーの佇まいや颯爽と滑る姿を目の当たりにして、惚れ込んだ。

「めっちゃかっこよくて、俺もプロになりたいと思いました。それが中3の冬で、バスケ推薦で高校も決まっていたんですけどね。バスケはチームプレーが重要で、ひとりでは勝てないじゃないですか。スノーボードはひとりでできるし、かっこいいし、滑ってみたら面白い。スノーボードがしたいから、一番近い高校に通いたいと親に頼み込みました」

「もう入学金を払ったのに」と渋る両親を説得した関さんは、それから365日、スノーボードに明け暮れる。雪がある時期は毎日、日が暮れるまで滑る。帰宅したら、海外や国内のプロのDVDを何度も繰り返し観る。難しい技はコマ送りしながら確認した。雪がない時期は、学校が終わったらすぐにジムに行って筋トレをした。DVDも観続けた。