「アルコール離れ」が叫ばれる一方で、酒類市場は多様化が進んでいる。クラフトビールもその1つだ。元々は小規模の独立した醸造所が造る、多様で個性的なビールを指していたが、昨今では大手ビール会社の参入も増えてきた注目のジャンルだ。
各社がしのぎを削る中、「ビール業界のオスカー」と呼ばれる世界最古の国際的ビールコンペティションで4年連続金賞を獲得するなど、世界から評価されるブランドが日本にある。450年以上も続く老舗の餅屋・二軒茶屋餅角屋本店が1997年から展開している「ISEKADO(伊勢角屋麦酒)」だ。
いったいなぜ、餅屋がビール事業を始めたのか。二軒茶屋餅角屋本店の21代目当主でISEKADOの代表も務める鈴木成宗(なりひろ)氏に話を聞いた。
大学での研究生活から一転、「半径20メートルで完結する生活」に絶望
三重県伊勢市、伊勢神宮への参拝で賑わう町にある二軒茶屋餅角屋本店。創業は天正3年(1575年)、織田信長が武田軍を破った「長篠の戦い」があった年だ。こし餡を薄い餅皮で包んで、きな粉をまぶした「二軒茶屋餅」が看板商品として知られている。
現在は餅だけでなく、味噌や醤油の醸造、ビール醸造の3事業を運営。1990年代の初めまでは会社組織ではなく、身内で切り盛りする「個人商店」で、年商も1億円に満たないほどだった。
鈴木氏は、幼少の頃から自身が後継ぎであることを自覚しながらも、東北大学農学部に進学後は微生物研究に没頭した。海洋性プランクトンや酵母の世界にのめり込み、研究に明け暮れる日々を送った。
大学院に進学して研究を続けたいという思いがありながらも、卒業後は家業を継ぐため伊勢に帰郷。そこで待っていたのは、理想とは真逆の生活だった。
店舗と工場が実家の1階にあり、朝起きて階段を降り、奥で餅を製造し、店先で販売すると1日が終わる。国内外の研究者と競い合っていた大学生活から一転、「半径20メートル」の世界で完結する日々だったという。
「ある意味絶望して、帰って3日後には、このまま一生を終えるのは嫌だと思うようになった」(鈴木氏)





