女性の社会的立場の脆弱さ

 なら、アーンショウ家の格式はいかほどか? 原作のネリーによれば「このあたりでは鶫の辻についで立派なお宅」とのことで、ジェントリー階級の下のヨーマン、裕福な自作農と考えられる。1500年から続く土地の所有家だ。つまり、階級的にはリントン家より下でも、代々の土地持ちなので格上だと言っているのだ。いま連発した「代々」というのが当時のイギリス社会では大事で、フェネルはその世界観をうち壊しにかかっているようだ。

『嵐が丘』

 エドガーの出自をこのように変更したのは、一つには、家督相続と結婚をめぐる古典作品を暗示することで、当時のイギリスの相続法と女性の社会的立場の脆弱さを仄めかしたともとれる。しかしもう一つには、リントンの資産が先代から受け継いだものではなく、自分で築いたという設定にすることで、エドガーの代の前後に継承ラインを作らないためかもしれない。

変更点その4 妹の消失、継承の封印

『嵐が丘』の原作では、エドガーの父は進歩的だったようで、女性の相続を認めていた。ただしその遺言には、エドガーに息子が生まれなかったら、孫娘ではなく、実の娘を次期相続人とすると指定されている。もともと原作ではイザベラはエドガーの実妹なのだ。だから、ヒースクリフはこの財産を狙ってイザベラと結婚する。

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『嵐が丘』イザベラ

 ところが、映画ではイザベラはエドガーの被後見人という役柄に変更されている。親を亡くした未婚女性の信託財産をエドガーが管理しているらしい。謎めいた変更である。

 そのお金はイザベラの結婚時に彼女のもとに入るようだが、当時のコモンローでは、基本的に妻の財産はそのまま夫に吸収される。となると、夫にもそれなりの財産が転がり込みそうだ。

 とはいえ、ヒースクリフとしては、それではリントン家の財産を乗っ取って復讐することにはならないし、すでに彼は財産を築いているので、このお金にはあまり興味がないだろう。仮にイザベラとの間に子どもが生まれてもリントン家とは血縁がないから、苛めて復讐することもできない。となると、イザベラとの結婚は財産の収奪よりも、自分を捨てたキャサリンへの当てつけの色が濃いと思われる。

 ともあれ、イザベラを妹からわざわざ血縁のない被後見人に変更したのは、遺産と復讐の継承ラインを断ち切るためではないか。原作では妹のイザベラがリントン家の次期相続人に指定されていること、なのに兄より先に死ぬことで動き出す相続のダイナミックなプロットを封じ込めることになる。