「保育園に迎えに行くから、また後で」

「すごい地震だったね。大丈夫だった?」と声を掛けると、明美さんは「大丈夫だけど、家の中が水浸しよ」と答えた。配管がズレるなどしたようだ。「姫花はもうウチに来ているから」と言われた。

 学校からアパートまでは大人の足で30分ほどかかる。実家はその途中にあり、姫花さんは下校時に立ち寄ることがあった。貴さんは「何かあったら婆ちゃんちへ行きなさい」と伝えていたので、下校時に地震に遭遇した姫花さんは、言いつけ通りに祖母宅へ身を寄せたのだった。

鈴木姫花さんが通っていた豊間小学校。薄磯の最も奥に建てられていたので、校舎はギリギリで津波の被害を免れた(いわき市平薄磯)

 あとは長男だ。貴さんは「保育園に迎えに行くから、また後で」と言い残し、車を発進させた。

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神社で泣いていた長男を救出

 保育園は海の近くにある。園長が一人で職員室の片づけをしていた。「子供達は近くの神社に避難させています。大津波が来るらしいですよ」と言われ、貴さんは初めて「そうか、津波は来るのだろうな」と思った。しかし、「まさか防潮堤を越えるなんて想像もしていませんでした」と話す。

 東北の太平洋岸では2日前の2011年3月9日にも最大震度5弱(いわき市では震度3)の地震があり、気象庁が津波注意報を発表した。この時に観測された津波はいわき市の小名浜港で10~20cmの高さだ。「高くても30cmぐらいだろうと思い込んでいました」と貴さんは振り返る。経験したことのない揺れに「いち早く迎えに行かなければ」という思いが先行し、車のラジオを点けることまで頭が回っていなかった。

津波に呑まれ、瓦礫に覆われた当時の豊間保育園(豊間地区)。もし鈴木貴さんが訪れるタイミングが悪かったら、どうなっただろう(「いわき震災伝承みらい館」の展示より)

「神社へ合流する」という園長を車に乗せた。途中で海が見え、海面が高いように感じたが、よそ見をして運転するわけにいかなかった。神社で泣いていた長男を引き取り、「怖かったね。大丈夫だよ」となだめて、薄磯へ引き返した。母・明美さんと長女・姫花さんが待つ実家へ向かう。