空き地に車を停めた直後だった
薄磯のまちでは太平洋と並行するようにして道路が南北に走っていた。その両側に家が建ち並び、貴さんの実家は通りの山側にあった。いつも車を止めるのは道路を挟んだ空き地だ。道路は日頃閑散としているが、地震に驚いて出てきたのか、たくさんの人がいた。車の往来も増えていた。「バックで出るのは大変だ」と考えた貴さんは、頭から出られるよう空き地の中で車を方向転換した。
その時、空き地の海側にあったブロック塀の上からダバダバと黒い水があふれて来るのが見えた。
「ヤバい」。何が起きているのか理解できなかったが、「本能的に逃げなきゃと思って、アクセルを踏み込みました。それでも園長先生が話していた大津波とは結びつきませんでした」と語る。
それがもし、保育園に到着したタイミングだったら、まちなかの道路を走っていた時だったら、実家に入った後だったら、そして黒い水に気づかなかったら……。貴さんや長男もどうなっていたか分からない。
車で100mほど先の交差点に差しかかると、海までは見通せなかったものの、必死の形相で走って来る人が見えた。「津波だ!」。地震の発生から40分ほど経っていた。
車のスピードを落とし、窓を全開にして「津波だ。逃げろ」と周囲に叫ぶ。前から来た車には、窓から手を出して「戻れ」とサインを送った。この車の運転者にはのちに「命を助けられた」と感謝される。
そうした行動はわずかな時間しか取れなかった。後ろの車にクラクションを鳴らされ、前に進まざるを得なかった。
少し先は高台になっていて、道路脇にある「沼ノ内弁財天」の駐車場に車を入れた。そこでも怖かったので、さらに高い場所にある本堂前まで車で上がった。
薄磯に戻ることはできなかった
晴れていた空が見る間にかき曇り、雪が降り始めた。気温も急激に下がる。その場に避難していた人のために、貴さんは車に積んでいたブルーシートを出して敷いた。
そこからは津波が見えない。本堂下の駐車場に戻っても見えなかった。電話もメールもつながらない。実家の母・明美さんと長女・姫花さんは大丈夫か。アパートの妻と二男はどうしているか。余震も断続的に続き、不安でたまらなかった。
「ちょっとだけ待っていて」と長男を車に残し、実家のある薄磯の方へ一人で走った。途中で消防団に「ここから先は危険だから行けません」と止められ、薄磯の様子はうかがえなかった。消防団員は「豊間ではカマボコ工場が全滅したらしい」と話していたが、「全滅? どういうこと」と貴さんには意味が分からなかった。




