吉沢亮が朝ドラで見せた「本気」
ところがどうだ。吉沢亮は主人公でも主人公の夫でもないにもかかわらず、本気を見せてきた。別人かと思う輪郭は、丸顔のイメージが面長になっていて、顎は鋭い。明治の洋装・山高帽とスーツの衣装も手伝い、英国のノーブルな俳優みたいな雰囲気が漂う。例えば、ジュード・ロウみたいな。
ときとして美少年俳優は、大人になると周囲からの見られ方として、美少年のイメージに引っ張られ過ぎ、それを超えられないことがある。それは本人の意識とは無関係に、あくまで傍らからの観点である。だが『ばけばけ』を見て、吉沢亮は決してそうならないであろうという確信に似たようなものを筆者は感じた。余計なお世話だが安心した。うまく飛躍できて美しい大人の俳優(もう十分大人だが)になれるだろう。なんなら美しい老人俳優という稀有な存在に。
吉沢はかつて「イケメン」としてカテゴライズされることを良しと思っていなかった。ということをいろいろなインタビューで彼は語っている。『国宝』の役と重ねて語られることが増えた。ちょうど映画で、少年時代の喜久雄が大御所俳優から「役者になるんだったら、その美しいお顔は邪魔も邪魔、いつかそのお顔に自分が食われちまいますからね」と美しさの両義性を問われる場面があるのだ。ここから、国宝級イケメンと言われていた自身の心境を質問されることが多いようで(筆者も取材で聞いている。だってやっぱり気になったから)、「僕自身も顔の印象が強すぎると言われたことがあります。しょうがないじゃん、これが僕なんだからと思って、それほど葛藤はなかったのですけれど(笑)。それでも20代のときは、自分の印象を消して役そのものになりきりたくて、体重を増減させるなどの工夫をしていたこともありました」という回答を筆者も吉沢に関する記事でずいぶん擦って引用している。



