トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の「他愛もない、スバラシな毎日」を描いた連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合)が、3月27日に最終回を迎えた。フィナーレの興奮冷めやらぬ中、3月30日からは4夜連続でスピンオフドラマも放送中だ。
物語は、ヘブンを喪い失意の底にいたトキが周囲の後押しを得て「ふたりの他愛もない日々」を回想した『思ひ出の記』を出版するところで閉じた。この本は、トキのモデルである小泉セツが、ヘブンのモデルである小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)との思い出を回顧して綴った著書と同名である。
完成した『思ひ出の記』(英題『REMINISCENCES OF LEFKADA HEAVIN』)の表紙を、トキとヘブンの愛息子である勘太(ウェンドランド浅田ジョージ)と勲(柊エタニエル)がめくる。すると、「これは雨清水トキによる回顧録である」と見せる映像演出のもと、これまでの泣いて笑った名シーンの数々が主題歌「笑ったり転んだり」とともに流れる。つまり『ばけばけ』は、トキが綴った『思ひ出の記』だった、という構造になっていた。
『思ひ出の記』は、物語の帰結として用いられただけでなく、『ばけばけ』の制作に欠かせない書でもあった。
脚本を手がけたふじきみつ彦氏はインタビューで、「『思ひ出の記』を読んだことが『小泉セツさんとラフカディオ・ハーンさんをモデルにしたフィクション』の決め手になりました。(中略)『ふたりの他愛ない日常を描いた物語』という基本構想も、『思ひ出の記』からの影響が大きいです」と明かしている。
『ばけばけ』名シーンは『思ひ出の記』のどんな表記から?
さらに、制作統括の橋爪國臣氏とチーフ演出の村橋直樹氏は、出演俳優や、主題歌を担当したハンバート ハンバートに『思ひ出の記』(小泉セツ著・小泉八雲記念館監修)を渡したと語る。
『思ひ出の記』を「基本理念」に据え、この本を介してすべての作り手・演じ手が作品のトーンや空気感について意思統一できたことが、『ばけばけ』が最後までブレずに魅力的な作品になった理由ではないかと、筆者は思っている。本稿では『ばけばけ』名シーンの数々は『思ひ出の記』のどの部分から抽出されてできたのか、同書からどんなエッセンスを汲み取って作劇がなされたのかを、探ってみたい。
まず、『ばけばけ』の中で頻繁に登場した「散歩」。2025年最後に放送され「伝説の回」と称される第65回で、散歩に行くというヘブンにトキが初めて申し出た「ご一緒してええですか?」という言葉。黄昏せまる宍道湖のほとりを散歩しながらふたりが初めてつないだ手と手。「好きです」「愛しています」などという直接的な台詞を用いることなく、散歩にまつわるそれぞれのアクションが、ふたりの恋愛が成就したことを表現していた。
最終回のラストシーンにも「散歩」が登場する。『思ひ出の記』が出版されてから幾年月。おそらく「あの世」で再会したトキとヘブンが、夜もとっぷりと更けた頃、仲睦まじく散歩に出かけていく。前半最後の回でのトキとヘブンの恋愛成就、そして最終回のラストシーンと、2つの最重要シーンに用いられた「散歩」。これはトキとヘブンの関係性を象徴するばかりか、このドラマの基調といってもいいだろう。




