小泉セツが綴った『思ひ出の記』の中には、「散歩」という単語が21回も登場する。《月のない夜》の《淋しい路》、《薄暗い星光りに》照らされた墓地、《淋しい寺》。そうした場所を、セツと、健脚で知られたハーンがふたりでよく散歩をしていたことが綴られている(※《》内は『思ひ出の記』からの引用。以下同)。
主題歌「笑ったり転んだり」を担当したハンバート ハンバートは、制作陣から細かいオーダーを受けることはなく、「『思ひ出の記』を読んで曲を書いてください」とだけ言われたという。だからおのずと、歌詞に『思ひ出の記』のエッセンスが深く浸透している。曲の最後は「散歩しましょうか」という一節で締めくくられる。
「笑ったり転んだり」の最後の一節に影響を受けて、ふじき氏と村橋チーフDは第65回の「散歩で結ばれるトキとヘブン」を作劇したという。3月1日に放送された『ハンバート ハンバートと「笑ったり転んだり」を語ったり♪ 45分拡大版』(NHK総合)で村橋チーフDは、「最終回も(主題歌から)かなり影響受けてます」と語った。その予告どおり、ラストシーンは「今夜も散歩しましょうか」というフレーズを映像化したものになっていた。『ばけばけ』の現場における、こうしたクリエイティビティの響き合いが美しい。
「涙をこぼしてママさんママさんと云って笑うのです」
『思ひ出の記』には、ヘルンの性格にまつわる記述が散見される。そしてそれが、セツの愛情あふれる眼差しがとらえたものであることも、よくわかる。
《一国者で感情の鋭敏な事は驚く程でした》
《極正直者でした。微塵も悪い心のない人でした。女よりも優しい親切なところがありました》
《嫌いとなると少しも我慢致しません》
《自分の勉強を妨げたりこわしたりするような事から、一切離れて潔癖者のようでございました》
《よく独りで、何か頻りに喜んだり悲しんだりしていました。喜んで少し踊るようにして廊下を散歩して居る事もありますし、又独りで笑って居る事もあります。私が聞きつけて『パパさん何面白い事ありますか』と尋ねますと、こらえていたのが、破れたように大きい声になって大笑など致します。涙をこぼしてママさんママさんと云って笑うのです。これは新聞にあったおかしかった事や、私の話した事などを思い出してであります》
本稿ではごく一部を引用しただけだが、『思ひ出の記』には、制作陣がこの書を相当に読み込んでヘブンの人物造形を行ったのだろうなと思わせる記述がたくさんある。そうした「ハーンの性格」のコピーなどではなく、ハーンの中にある二律背反な性質や多面性をよくよく咀嚼し、玩味して、ヘブンというキャラクターと、彼とトキの関係性を構築していったことがわかる。
ヘブンの、自由で、頑固で気が短いけれど心根は優しく、純粋で、茶目っ気とユーモアがあって、繊細で、礼儀正しいところ。好きなこと・ものに夢中になるとき、少年のように目を輝かせるところ。書き物をしているときに邪魔が入ると「Shut up!!!!」と怒鳴っていたこと。結婚披露パーティーの場で「嘘キライ!」とぶちまけたこと。折にふれスキップしたり踊ったりしていたこと。
寂しく、うらぶれた場所が好きであること。西陽と夕陽を好んだこと。日本の西洋化を憂い、「古き良き日本」を愛したこと。人々が忘れ去り遺棄した物事に寄せる強い関心。こうしたハーンの趣味嗜好も、ヘブンの造形とエピソードに多分に注入されている。



