トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の「他愛もない、スバラシな」毎日を描いた連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合)が最終回を迎えた。本作が大事にしてきた、日常の中にある「笑い」や「リアルで自然な台詞」の秘訣を、脚本家・ふじきみつ彦さんに聞いた(全2本の2本目/前編を読む)。
――物語の帰結として登場した『思ひ出の記』。この書は『ばけばけ』の制作に欠かせない存在だったと聞きました。制作統括の橋爪國臣さんとチーフ演出の村橋直樹さんは、キャストの皆さんや主題歌を担当したハンバート ハンバートのおふたりにも『思ひ出の記』(小泉セツ著・小泉八雲記念館監修)を渡したとか。ふじきさんが『思ひ出の記』から、作劇において影響を受けたところを教えてください。
ふじきみつ彦さん(以下、ふじき) やっぱりなんといっても、セツさんとハーンさんの「夫婦の関係性」ですね。ふたりの会話のひとつひとつにユーモアがあって、穏やかでおかしみがあって。愛おしさもあって。読んでいると、おふたりが話している光景が浮かんでくるような感覚がありました。『思ひ出の記』に出てくる会話は晩年の頃のものが多く、成熟して深まったおふたりの関係が感じられて。「セツさんはハーンさんのことをすごく好きだったんだな」「ハーンさんもセツさんをとても愛していたんだな」ということが滲み出ている本ですよね。
――『ばけばけ』が成功した理由のひとつとして、『思ひ出の記』を介して、作品のトーンや空気感についてスタッフ・キャストの皆さんの意思統一がなされていたことが大きいのかなと、想像しています。
ふじき いくつか題材の候補があった中で、僕は『思ひ出の記』を読んだことが「小泉セツさんとラフカディオ・ハーンさんをモデルにしたフィクション」の決め手になりました。こういう夫婦の話ならぜひ書いてみたいと思ったし、作家とその妻の成功譚ではなく「ふたりの他愛ない日常を描いた物語」という基本構想も、『思ひ出の記』からの影響が大きいです。
「髙石さんのままやってくれて、ありがとうございました」
――日常を描くうえで、必要不可欠なのが「自然な台詞」だと思うのですが、『ばけばけ』は「人間が生きてて、こんなこと絶対言わないだろ」みたいな台詞がないですよね。説明的な言葉を省いた「口語台詞」を書くにあたって、心がけたことはありますか?
ふじき ドラマで説明的な台詞って、新たな登場人物が出てきた時に起こりがちなんです。「この人はこういう人だ」ということを説明する必要が生じるから。『ばけばけ』は朝ドラにしては登場人物が少ないところが、功を奏したのかもしれません。
司之介、フミ、サワ(円井わん)は最初から最後までずっと出ているし、終盤で退場したとはいえ錦織も勘右衛門も長いあいだ出ていました。そうするともう「その人の感じ」というのが定着して、いちいち説明しなくてもいいし、キャラクターが立っているので「この人がこんなこと言わないだろう」みたいなことはなくなっていく。
――そしてまた、トキを演じた髙石あかりさんも、「自然な台詞」を言うのがすごく上手いという印象があります。台詞を台詞でないように言う俳優さんというか。
ふじき 本当にすごい役者さんですよね。僕はヒロイン発表の記者会見の時(2024年10月)に「髙石さんのままトキを演じてください」と言ったんです。それで、まさにその通りになっていたので、クランクアップの時(2026年2月)にも同じことを言いました。「髙石さんのままやってくれて、ありがとうございました」と。
オーディションで髙石さんにお会いした時、「明治時代を生きていた小泉セツさんって、こんな感じの人なのかもしれない」と思ったんです。それで実際演じてもらったら、トキというキャラクターがあんなふうに立ち上がるんだ、こんなふうになるんだ、すごいな、と。「あなたのまま演じてください」なんて別に、脚本家が言うことじゃなくて、演出の方が言うことなんですけどね。でもつい、髙石さんにはそう言いたくなってしまいました。




