――でも、佐野さんは苦しい思いをしながらも食らいついた。
佐野 食らいついたというか……。小学校受験合格を機に、両親と私の家族3人で、東京から群馬県に引っ越したんですよ。母は外資系企業を辞めて、引っ越し先の近所の英会話教室で働くことになって。
家族が全力で私を応援してくれていたから、その期待を裏切ってはいけない、という気持ちが大きかったです。
学費のために貯金を切り崩し、経済的に厳しい時期も…
――教育が充実している小学校だと、費用面もかなりかかるイメージがあります。
佐野 学費はかなり高かったと思います。周りの同級生は、親が経営者や政治家など、裕福な家庭が多かったですね。長期休み明けは海外旅行の土産話でもりあがっていたし、友達の家に遊びに行くと豪邸で、ゲストルームがあることも珍しくはなかったです。
そんな中で、我が家はいたって一般的な家庭でした。むしろ、母が外資系企業を辞めてからは、かなり苦しかった記憶があります。うちはマンション暮らしだったので、友達の豪邸を見て、「私も一戸建てがいい」ってずっと泣いてたこともありました。
学校では、低所得世帯に向けた補助金が支給されるのですが、それを受け取っていた時期もありましたね。申請書類の入った封筒が教室で手渡しされるのですが、それを受け取る人は私を含めていつも同じ。
もちろん、何の封筒か公言されるわけではありませんが、「きっとみんなに低所得者ってバレているんだろうな」といたたまれない気持ちでいっぱいでした。
――経済的に厳しい中で、学費はどうやって工面されていたのですか。
佐野 普段の生活はとにかく節約していました。学費については、母が外資系時代に貯めていた貯金を切り崩して充ててくれていました。どんなに苦しくても、教育に関しては全力で応援してくれたんです。
実際に、学校のカリキュラムや自主的なものも合わせて、高校までに6カ所へ留学させてもらいました。家計が厳しい中でそこまでしてくれた両親には、本当に感謝しています。
英語を極めたいと大学入学資格のIBDP取得コースへ進学
――高校生になってからも、「家族の期待を裏切ってはいけない」という思いは変わらなかったのでしょうか。
佐野 そうですね。ただ、ネガティブな感情ではなかったと思います。「英語が苦手」って思いながらも、なんだかんだここまで続けてきた。だったら、中途半端に諦めるのではなくて、積み上げてきたものを活かせる選択をしたいと思うようになって。
高校では、大学入学資格のIBDP(国際バカロレア・ディプロマ・プログラム)を取得するコースと、一般受験を目指す2つのコースがあったのですが、私はIBDPを取得するコースに進みました。


