80年代からすでに陰りが見えていた島の人気

「そりゃ島には仕事がないもの。もちろん旅館の跡継ぎなどは残るけど。とにかく、仕事がなければ他所に求めるしかないので。もう高校進学時に島を出てひとり暮らしをはじめる。いったん出れば帰ってくることは皆無に等しいですよね。過去には志摩高校に通いの子もいたけど、伊勢に行けば距離的にもほとんど下宿だから。仕事があれば戻ってくる可能性もあるし、逆に他所から移り住んでくる可能性もあるけど」

「昔のように釣り船を出しても仕事にならないのですか」

「もう釣り船の要請がまるっきりない。だからみんな手放したよね。少しだけど筏釣りの客はいるね。海岸沿いに筏が浮かべてあるでしょう。あれは釣り筏なんだよね。船で筏まで運んで、時間が来たらまた迎えに行くという」

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「漁業、農業も……ダメで」

「農業は年寄りが家庭菜園でやっている程度。漁業はナマコと青のり。その青のり養殖業でも2軒あるだけ。あとは牡蠣の養殖をしている人が4~5人。でも牡蠣だけではメシを食っていかれないから他に仕事をしながらね。ナマコは定年を迎えた余裕のある人たちが小遣い稼ぎしているだけで、漁師はいない。まあ、そもそもこの島に漁師がいないんだよ。船がないっていう実務的な問題で。やっぱり資金が必要だから。

 またこの辺には市場がないでしょう。つまり取ってきてもカネに換える場所がないから。ホテルや旅館に卸すにしてもわずかだし、それに定期的に取れるわけじゃないからさぁ。

 だから渡鹿野の漁業組合は魚を扱ってない。もう、この島には旅館業に携わるくらいしか仕事がないというのがいちばんの問題だよね。若い人が定住せず年寄りだけの島になった。これから先はどうやって生きていくのかなという心配がある」

「温泉を掘るとか」

「うん。某大型ホテルさんが温泉を持っているんだからさぁ、それを分けてもらえるようなシステムをつくればねぇ」

「足湯や公衆露天風呂をつくるなどの考えは……」