「ハリウッド俳優がいたんだよ」

「1933年の風景や。これが大阪屋。そしてこれとこれが水光館と某大型ホテル。某大型ホテルしかり、いまのような鉄筋コンクリートのホテルじゃなく、みな木造で瓦屋根の旅館だった。某大型ホテルの先代は大阪から来た人でねぇ、確か絵描きだったと聞いている」

「当時の某大型ホテルや大阪屋は、どんな客層を相手に旅館業をやっていたんですか」

「このころの観光といえば釣り客ぐらいやわな。もちろん売春もあったと思うけど。でも昔ね、この島を『東洋のモナコにしたい』という話があったそうなんだ。

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 モナコといえば、カジノの盛んな地域だ。だから競艇場をつくる話もありましたよ。あとね、その昔、上山草人というハリウッド俳優がいたんだよ。

 で、上山草人が渡鹿野に来て、風光明媚なこの島を気に入り『住みたい』といいだしたそう。それで当時の渡鹿野青年団が上山草人の別荘をつくってあげたそうなんだ。

 上山草人は谷崎潤一郎と交友していた人で、谷崎潤一郎もまたこの島を気に入った。他にも名俳優・北大路欣也の父親・市川右太衛門や喜劇俳優の伴淳三郎も島に来て泊まっているんだよ。だから昭和初期の有名人が愛した島なんだよ。

 なぜこの島を知ったかはわからんけど、こうして有名人が愛したほど昔から有名な島なんだよね。だからモナコの話が先にあり、昭和になってから競艇場の話が持ち上がった。いまの某大型ホテルが建っている場所の周辺を埋め立てしたのは、その競艇場をつくるためだったらしい」