「公衆露天風呂をつくればいまよりよくなるやろなぁ。まあ某大型ホテルさんとしては、自分のところの客のお金は全部、自前の施設内で落としてほしい。そのために飲み屋やレジャー施設を併設して全部、自分のところに取り込む形で営業しているからね。その考え方は旅館さんも同じ。系列のスナックなどをつくってね。外を歩かさないような運営形態なんだよね。

 だから周辺の商売があまりお金にならない。もっとも土産物にしても“渡鹿野”と書いてある名物は、昔のイメージから敬遠されることが多いんだけど。昔ね、ウチの妹が土産物店をやっていたことがあるんだけど、あまり流行らなかったな」

「Kさんは四国の方なのですか」

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「それは俺も知らんな。でもね、昔に国税庁が入ったとき、実家が四国にあるっていうのは聞いた。というのも、国税庁は一斉に入るから『四国にも入ったらしいんや』とは聞いたよ。1985年ぐらいやった」

「島の景気の絶頂期ですかね」

「いや、もう下りかけていたころやろ。僕が1981年に帰ってきたとき、ちょっと前まではもう『メイン通りは黒山の人だかりやったで。頭しか見えへんのやで!』と聞いて、『そんなにお客さんおったんか!』とびっくりしたのを覚えているから。道路が見えへんまでではなかったから。でも、まだまだ当時は賑やかだった」

「1985年と1970年ごろとではどちらが栄えていたのですか」