「命を捨てても彼が死ぬのを見届けたい」
私が家出しましたのは、全く自分の精神を貫くためです。先方は私を殺しても我意を張ろうと迫ります。私は自分の主義を曲げないために死ぬのはいといません。もし先方が私を殺せば、刑事上の罪人となって処刑されるのは当然ですが、私は彼が処刑されるぐらいでは満足しません。私は命を捨てても構いませんから、彼の死ぬのを見届けたいと思って家出したのです。
(3月)21日の夜は終列車で西那須野に向かい、翌22日朝、人力車で塩原に向かい、その夜、増田屋に一泊しました。情のために逃げたのではありませんから、宿泊中ははかまも取らず、夜も眠りませんでした。23日の朝、車を雇い、1里(4キロ)足らずも車に乗り、八幡神社前で降り、尾頭峠の山中で死ぬ覚悟で、雪を踏んで山深く分け入った、その道で警官に押さえられました。
話を聞いた萬朝報の記者は「どうも要領を得ないことを語って立ち去った」と書いている。さらに同紙は明子の母と一緒に現地に引き取りに行った親戚から定二郎が聞いた話として、明子は「殺してくれ」とたびたび草平に迫ったが、草平は未練があって殺すことができず、自殺する勇気もなく、ただ思案にくれていたと記述。「とにかく、明子は自ら純潔なりと明言している」と書いている。さらに同紙は、木村政子が明子から「焼き捨ててくれ」と頼まれたという草平宛ての手紙の一部を載せている。
先生と私とはどこ迄も二個の存在に候 頭も相反せる方向に走れば 心臓も全くいれ違に打つものなるべく候
あゝ 誰でもいゝ 私の骨まで髄迄刺し通すやうな方はあるまいか
先生には私を殺して後世生てみてあらんと仰せられ候 もし私も先生を殺して骨肉を食み夜陰に血潮をすゝりて唇を染めんを願ふものとせばいかにし給ふ 余すところは格闘のみ 肉と肉との力によるよりほかなく候 御願いたしますから私を先生が虐殺なさる処を見せてくだされなければ 私は不安心でなりません
今迄私の眼にふれたこと 私に仰有つたお言葉 なさつて下すつたこと 先生に関する私のメモリーの総てをお消しにならなければ駄目です 其んな事は何んでもいゝ 私の額に鉈を加へて見せてください
(原文のまま)
萬朝報の記事は「どうもこの文を見るも、明子はいかにも常識を失っているようだ」としているが、確かに何かに取りつかれた感じがあり、「一風変わりたる令嬢なりき」と3月25日付報知が書いたのも不思議はなさそうだ。
一方の草平については翌3月28日付萬朝報が「欠落(駆け落ち)文學士を訪ふ」でインタビュー記事を載せた。(つづく)


