アメリカで「つきあっているのか?」と…

 ペアのショートではミスで5位に沈むも、2月17日のフリーで、大逆転金メダルを獲得した、りくりゅうペア。氷上の演技と共に注目されているのが、リンクで熱い抱擁を交わすなどの、2人の“親密さ”だ。米スポーツサイト「Heavy」が「『りくりゅう』はつきあっているのか?」という記事を掲載。世界中が彼らに注目しているのだ。

フリーでは原点なしの完璧な演技 ©JMPA

 

 三浦は01年、兵庫県宝塚市に生まれた。自動車整備工場経営の親のもと、5歳でスケートを始める。小学4年生の頃、スケート上達のため空手教室へ通った。空手教室「龍舞会」師範の(あじ)()淳夫氏が語る。

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「精神力と身体を鍛えたいと、親御さんが連れてこられました。運動神経が抜群で技の飲み込みも早かった。スケートをしていたからか、回転ジャンプからの回し蹴りが得意技。自分よりも大きな子を倒していました」

ペアの技が「すごく楽しい」

 この頃、日本スケート連盟主催のペアのトライアウトにも参加。14年のソチ五輪で団体戦が新種目として導入されるため、ペアの強化を図るべく行われていたのだ。指導した元カナダ代表の若松詩子氏が語る。

「ジュニア時代の璃来ちゃんは、元気一杯な女の子で、ペアの技が『すごく楽しい』と話してくれた。ペアの技にはリフトや、男性が片手で女性を支えてコンパスのように回転するデススパイラルなど、恐怖心を抱く技もありますが、恐さを感じていない様子でした」

 中学2年生で4歳年上の市橋翔哉とペアを組むが、世界の壁は高かった。シングル時代の2人を指導した、ソルトレイクシティ五輪日本代表の本田武史氏が言う。

「ペアは安全面でシングルと一緒に練習することができず、練習時間が確保しにくい。指導者も多くなく、私もソロのジャンプは教えたりもしましたが、リフトなど専門的な技はわからないところがある。19年頃には、璃来もペアをどうしようか悩んでいました」

本田氏は引退後、コーチとして髙橋大輔の指導も

 一方の木原は1992年、愛知県東海市に生まれた。地元テレビ局勤務の親のもと、4歳の頃にスケートを始めた。スケートの名門・中京大中京高校、そして中京大に進学するも、5、6歳上の世代は髙橋大輔や織田信成などスター揃い。目立った結果を残せていなかった2011年、木原にペア転向を打診したのが、のちにスケート連盟の強化部長を務める小林芳子氏(現・強化副部長)だった。