ミラノ・コルティナ・オリンピック/フィギュアスケート女子シングルス、団体ともに金メダルを獲得し、世界的スーパースターとなったアリサ・リュウ(20)。現在、アイスショー『スターズ・オン・アイス』出演のため来日中の彼女だが、米国ではどう見られているのか。関心を集めた、その“ユニークな生い立ち”とは——。在米ライターの堂本かおる氏が寄稿した。(全2回2回目/初めから読む)
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父は天安門事件に関わった政治亡命者
アリサ・リュウの父、アーサー・リュウの人生も他に類をみないものだ。アーサーは1964年、中国四川省の小さな山村で生まれている。中国の大学で学士号と修士号を取得しているが、1989年、25歳の時に中国の民主化運動、天安門事件に関わったことから祖国を出ざるを得ず、政治難民として渡米。カリフォルニア州サンフランシスコのベイエリアに落ち着いたアーサーはカリフォルニア州立大学でMBA、カリフォルニア大学の法科で学位を取得し、弁護士となった。
アーサーは大家族を持ちたいと願っていたものの、当時すでに40代となっており、妻はさらに高齢で妊娠は望めなかったことから、匿名の卵子提供による代理母出産を思い立つ。2005年にアリサが生まれ、2年後に二女のセリーナ、さらに2年後に三つ子のジュリア、ジュシュア、ジャスティンが誕生しており、全て卵子提供/代理母出産による。
5人の子供を抱えての弁護士業に加えてアリサのスケートが始まり、アーサーは中国に住む母親に子育て支援を依頼。母、つまりアリサの祖母は渡米して8年間、アリサが13歳になるまで5人の子供の面倒をみた。
「私は中国人に見えない」と親に質問して
アリサは自分が卵子提供/代理母によって生まれたことを8歳で知ったと語っている。「両親はともにフルで中国人なのに、私はそう見えない」ことを親に質問したのだと言う。以後は「これが自分の家族なのだ」と考え、自分は「ハーフ・チャイニーズ」だとも言っている。4人の弟妹との仲はとてもよく、まだ狭い家に暮らしていた時期は2段ベッドを5人で共有して夜中まで寝ずに遊び、それがとても楽しい思い出だと語っている。




