ミラノ五輪では、フリーでの完璧な演技で、5位から大逆転で金メダルを獲得したりくりゅう。ただ、2019年の結成時、木原龍一はバイト生活中で、三浦璃来も壁にぶち当たっていた。それから7年。2人を成長させた、カナダでの暮らしとは――。(全3回の3回目/はじめから読む

 

初出:「週刊文春」2026年3月5日号。年齢、肩書は当時のまま。

三浦璃来と木原龍一 ©時事通信社

 

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カナダでの共同生活

 ペア結成の約2週間後、2人はブルーノ氏の待つカナダへと飛び立った。ここから2人の“共同生活”が始まる。

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 2人が拠点にしたのは、トロント近郊の街・オークビル。当初、木原はアパートで独り暮らしをし、未成年だった三浦のホームステイ先から練習場まで、車で送迎をする生活だった。

「練習に使っているのは『Sixteen Mile Sports Complex』。リンクが4つあり、クリケット、水泳など複数のスポーツが出来る複合施設です」(連盟関係者)

カナダのスケート場で練習中

 平日の週5日、朝8時に練習場へ行き、まずはマットを並べてウォームアップ。リンクでの練習は、9時から約3時間行う。

 練習環境は整った。だが、木原の身体には競技生活での疲労が蓄積されていた。そこで頼ったのが、冒頭(#1)のマッサージセラピスト、青嶋正氏だ。紹介したのは、木原と仲の良い元スケート選手の西野(ゆう)()だった。

「西野さんに『彼、身体が故障だらけだからなんとかしてあげて』と言われていた。でもすぐには来ませんでした。オークビルから診療所までラッシュアワーだと片道1時間半から2時間かかってしまうので、大変なんですね」(青嶋氏)

 診療所の電話が鳴ったのは、約3カ月後のことだ。木原は1人で訪れた。

「木原選手の身体を診てみると、古い怪我がそこら中にあって、最悪のコンディション。『回復までちょっと計算が立たないくらいだよ』と伝えました」(同前)

「引退も覚悟した」「璃来ちゃんと出会って…」

 すると、木原は前を見据えてこう話したという。

「引退も1度覚悟したし、名古屋でもスケートリンクでアルバイトもやっていたけど、璃来ちゃんと出会ってもう1回火が付いた。もう1回挑戦したいんです」

 そして、木原への施術が始まった。

「本来は毎日来てほしいところですが、移動も大変。そこで施術の内容をすべて解説し、セルフケアできるように教えました。それを実践できない人も多い中で、彼は真面目にやってくれた。おかげで、想定以上の早さで身体の調子は良くなっていきました」(青嶋氏)