――やはり、夫婦二組で一緒に住むというのは皆さん嫌がるものなのでしょうか。
忠義 そうみたいですね。どうしてなのかは分からないけど。ただ、兄弟や少人数で仕事をやっているところはどこもそうだと思うんだけど、仕事をしていくうえでお嫁さん同士もうまくいってくれないと、われわれ兄弟もうまくいかない、という考え方だったもんだから。
孝晴 それに、もう夫婦二組が住めるように家を建てちゃってたし。
忠義 この家を建ててから、お嫁さんを探し始めたもんですからね。
子供のときからずっと一緒、離れて仕事をしたこともない
――では、こちらのお宅は作りも最初から二組の夫婦が住めるように。
忠義 そうです。
喜久子 子供が生まれてから、増築はしましたけどね。
忠義 でもさしあたっては二組が住めるというスタイルで家を建てて、それから探し始めたんです。
僕らは8人兄弟の次男と三男だから、親との同居という縛りはありませんでしたしね。そういう住み方ができる状況だったので、「じゃあ夫婦二組で住めるようにしよう」って自分たちで家の図案を引いて。
――ご自身で設計図も?
忠義 はい。設計図を描いて、大工さんに頼んで建ててもらったんです。
――孝晴さんも、その計画には全面賛成だったんですか。
孝晴 そうです。異論は全くありませんでした。2人とも全く同じ考えでずーっと進んできましたから。子供の時から、どっちかがいなければ倒れるんじゃないかというくらい、いつも一緒だったからね。まあ、そこまで大袈裟ではないにしても、そんな感じで育ってきたので。
忠義 勤め先もずっと一緒でしたし、離れて仕事をしたことがないものですから。ずっと一緒に来てしまったんです。
――独立する前も、兄弟で縫製業に?
忠義 兄弟一緒に同じ縫製業の会社に勤めていました。名古屋で何軒か勤めて、それから大阪へも行って。全部、兄弟一緒です。で、大阪で切り上げて、名古屋へ戻ってきて独立したんです。



